ブッククラブニュース
令和8年
1月号(発達年齢ブッククラブ)

2026年1月、2月の予定

定休日は日曜、月曜、祭日です。
1月は臨時休業はありません。日曜、月曜、祭日のみが休業です。
2月は11日が祝祭日休業、それ以外は営業します。
休業日・時間外受け取りは事前にお電話ください。
日曜日でもお受け取りになりたい方は事前に電話連絡をお願いします。
外出していないかぎりOK。また前日のご連絡なら在店するようにします。
営業時間は午前10時30分〜午後6時00分(冬時間)
 受け取りの方で午後6時以降に来た方は電話かピンポンで呼び出してください
 なにしろゆめやは零細商店ですので「昭和」の感覚でお出かけください。
 たいてい在店していますので店を開けます。ご遠慮なく。たまに買いものに出かけているときもありますが・・・。

2026年 あけまして・・・・

 あけまして・・・なんとか年が変わったので、それはそれでおめでとうございます。
 ご実家に帰省されたり、年末年始休暇を利用されて、楽しい冬休みをすごしたご家庭も多いと思います。世の中はだんだん忙しくなり、おだやかな世の中ではなくなってきています。それでもお正月は初詣に行き、おせち料理をたべながら、家族・親族と楽しいひとときを持ちたいものです。

意外と行事は何でもありで・・・

 私は無宗教で、生まれたときは神社のお祓い、七五三、結婚式は人前でやりました。もちろん、お墓参りは行きますが、信じる宗教はなく「なんでもあり」です。ただ、新興宗教、カルト宗教だけはゴメンで、信じすぎる問題を考えていますから、ま、適当に年中行事を在来慣習で行っているだけの、ある意味宗教的いい加減な人間です。初詣は旧会員だった宮司さんの神社に初詣に行きます。いまや、そのお子さんたち三人が神主さんになっていますから、長いお付き合いです。
 我が家は代々、神も仏も信じることがない家柄です。父が言ってました。「なにも罪のない子どもが事故で死んだり、まともな人間が殺されたりするのは神も仏もいないってことさ。まず『人』は、よく見定めて信用できるかどうか。お祓いやお参りはこっちの気分で時季に応じてやればいい。」と言っておりました。

先を考える・・・・

 だから、我が家では「相手を見定める」「だまされない」ことが家訓で、まず神仏に頼りません。これは、生き方、今年の方針を決めるのも同じで、ない頭でちょっと先の未来がどうなるかだけは考えます。
 おみくじや御託宣などまったく頭に置かず、自分の考えや行いで進んでいきます。今後のことは歴史や統計をもとに予想して考えるよりないわけです。AIで予測するのもいいでしょうが、AI機能はネットと同じでしょせん人間が後ろにいますからにわかには信用できないですよね。管理者の勝手な予測が出る可能性もあります。私は干支とか歴史書の記述を読むなど原始的な方法を使って先を予測してます(笑)。

まず恒例の干支での予想

 今年は、「ひのえうま」です。つまり、「火」が象徴となる火事が多い年ですね。実話から迷信も出ています。江戸は木造都市だったので火事が多く、そのなかのひとつに天和の大火がありました。
 八百屋の娘が焼け出され、寺に避難して、美男子「吉三」と出会います。「また火事になれば吉三さんと会える!」と思って、強引にも自宅に放火。つかまって火あぶりの刑になるという悲しくも劇的なおはなしです。歌舞伎、落語、講談のいいネタでした。
 この八百屋のお七が丙午(ひのえうま)年生まれだったため、丙午の年に女子を生まないよう、ずっと言い伝えられてきて、平成まで迷信は続きます。で、丙午年は少子化だったのです。
 昨年あたりから、大火が起きています。大分・佐賀関や岩手・大船渡の大火事は記憶に新しいです。いま、この記事を書いているときにも山梨で大きな山林火災が起きて、なかなか消し止められません。自衛隊の大型ヘリが来て水を投下していますが、ちょっとやそっとでは無理な規模の山火事。中央高速道路にまで迫ってきたら大変です・・・。思うのですが、自衛隊の防衛力強化で十数兆円も使うより、災害防止隊に変えて、その費用にいくらか当てた方がいいと思うのですが、どうもそういう方には心が向かない国のようで。

火には気をつけましょう・・・一番怖い火は?

 火にもいろいろありますが、いちばん怖い火は戦火ですよね。
 戦後80年も経つと、戦争を知らない世代が国のトップになることが起き、悲惨な体験も歴史を勉強しないので過去の知識もない人が出ます。こういう人たちは欲が優先なので、平気で紛争を起こしたがります。とくにバブルを謳歌した世代はモラルも希薄なので、したい放題という人も多いでしょう。
 放火というのは犯罪のなかでも重罪ですが、最近、そういう世代の放火事件も多くなっています。国と国の間で戦火を交えるのが平気な指導者も出てきました。たまらないのは、軍隊もですが、国民もです。
 彼らは何でもできると思っているので強引な火付けをやり、戦火にまでつなげるのです。八百屋お七並みですね。「相手が核を持っているから、こちらも持つ」などという小学生レベルの人まで出てきました。
 そういう人たちは仲良くしてもらいたい。

仲良くするには我慢も必要

 危ないですよねぇ。トップたちも宴会でも開いて仲良くなって、「強引なことはしない、させない」ということはできないものなのでしょうか。物事を進めるには、どこかで我慢したり、相手とうまく調整したりすることが大事なのですが、大人たちがそういう姿を見せないと、子どもたちや国民たちもしたい放題やったほうが勝ち、という考えに陥ります。
 そういうことが平気で行われていた古代や中世ではないのですから、国を指導する人々が身勝手な欲で動いたら、悲惨な目に合うのは国民です。幼稚園から始まって学校も含めて、何を学んできたのでしょうか。相手と戦って勝って自分の欲を満たす方法など園でも学校でも教えませんが、世界の為政者は園や学校で何を学んだのでしょう。人の上に立つ方法と欲を満たす研究なのかな。(ニュース一部閲覧)

読み聞かせのまとめ ⑨ 5歳~

 コロナ以後、急に4歳、5歳の読み聞かせの問題が浮上してきました。おそらく、フルタイムでお母さん方が働き始めたので、子どもとの接触時間が少なくなり、読み聞かせの時間回数が減ってきたのです。一日働けば疲れます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いて・・・買い物もして帰宅すれば、食事を作って、掃除・洗濯、片づけ・・・これは大変です。子どもにスマホを与えて、アニメ動画やyoutubeを見せたくなるのも時間稼ぎでわからないことでもありません。最近では、こども園に0歳から入れている方もいますから、子どもとの接触時間はずいぶん減ってきているでしょうね。園にもよりますが、きちんとした読み聞かせをしているところならともかく、流行りの本を年齢無関係に読み聞かせているところもあります。これでは、子どもは確実に本から離れていきます。

字を読むことと本を読むこと

 もうひとつの問題は、早く字を教えて子どもが一人読みする試みです。中には「ウチの子は4歳くらいから自分で本を読んでいます。」と鬼の首を取ったようなことを言う方もいます。そりゃあ、中には字を読むことができる子もいるでしょう。芥川龍之介は6歳までに古今東西の名作を読んだという逸話もあります。そういう例外もないとはいえないでしょうが、多くは字を読むのであって本を読むには至らない子どものほうが多いのです。
 幼児の本読みは、まあ7歳あたりまで耳からの聞いた言葉を自分の中で消化するのがふつうです。幼児期に字を読めて本を読んだ子の多くが小学校中学年くらいで、読書挫折していく傾向がみられるのです。全員がとは言いませんが、かつてゆめやのブッククラブで読書挫折率が30%未満だった時代、読みぬいた子のほとんどは就学まで親が一定時間、毎日読み聞かせをしていた子たちです。いま、ブッククラブでの読書挫折率は50%以上です。ここ数年で急速落ちました。これは親が忙しさに負けての「手抜き」なのではないでしょうか。

読み聞かせの時間が取れない

 学校教育は、読んで覚えたらそれでOKという感覚を刷り込んでしまいますから、じっくり読むこと、何回も読むことは不合理、不適切という感覚が親の中に焼き付けられます。学校で覚えたことのほとんどを忘れるのは本を読んでいる人は何回も読むことで中身がだんだん把握できるのです。一回で中身がわかるのはわかったつもりになっただけのこと。Youtubeなどははまり込むと無意味に見続けます。これは瞬時に分かった!と思わされることで、テーマを深く考える余裕はありません。
 物語は内容を何回も味わうことでじょじょに中がわかってくるのです。大人でもそうですね。速読で読んだ人に内容を尋ねてもテーマにも近づかない感想の要約ばかりという人が多いです。
 たしかに、この時代、フルタイムで働くお母さんは大変でしょう。お父さんも手伝うべきでしょうね。字を早く教えて一人読みへ!というのもわかりますが、幼児期は子どもとのやりとりが読み聞かせであることを知るべきだと思います。このやり取りが親と子の関係も緊密にして、子どもには、いつか本のテーマが読み取れる時期がやってきます。・・・・字を早く覚えて自分で読めばいいというのならこれほどたやすいことはないでしょう。で、なければ、借りてきた本を一回読み聞かせ、それでOKもありになります。やはり、本棚に置いて所有感とともに内容を所有していく・・・・本の数を多く読むことは重要ではありません。

本とともに過ごしてきて

 名古屋市 Tさん
 ここまできて、最初のころの配本を探してみました。最初は「おつむてんてん」でした。同じ動作を何度もしたことが思いだされます。そのあとの「もこもこもこ」・・・あれはおどろくほど何度も繰り返して読まされました。親には不思議な本でしたが、そのような意外な配本はそれからもたくさんありました。そのころから十年経って、信じられないほどの分厚く、細かい字の本になっています。ほとんど問題なく読み進めているのを見ると、「赤ちゃんだった子どもが十年で大人以上になる」と思わざるをえません。なぜなら中学年くらいから、私自身が読めないでいる本があるのにどんどん読んでしまいますからおどろくのです。
 小さいころは寝る前に30分くらい毎日読み続けましたが、絵本は短いので親として楽しい感じがたくさんありました。私が子どものころ読んだ本もあり、読んだことのない本もあったのですが、親も楽しめたのはいい思い出になっています。それが高学年の本は、親が追いつけません。「帰命寺横町の夏」は秋に読んでみましたが、寝る前なのですぐに寝てしまって年末にもまだ残りが・・・・親の負けです。
 「モモ」はむずかしかったようですが、あまり内容について話をしないで、自分で感じたり考えさせたりしようと思ってます。私自身が深いテーマがまだわかっていないところもありますので・・・中学は何を読めばいいでしょう

【ゆめやから】

 まったく十年なんてあっという間に過ぎますね。でも、同じ十年でも本がまったく読めない子もたくさんいるのです。きちんと読み聞かせをした成果が出たと思います。中学でも読みたいなら、いろいろご紹介しますよ。読書は小学校で終わりではなく、中学・高校へ続き、それが大人の読書への基礎になるのですから。ここが終わりではないのです。

2025〜2026の子どもたちと本

 コロナ以後、とくに、この国がギクシャクして先が見えなくなったと感じませんか?異常な状態が異常でなくなっているのは世の中が壊れたということで、かなり危ないです。一般は食い物と娯楽にしか関心がないように見えます。
 政治家には知性が感じられませんし、凶悪犯罪でなくても法の抜け道を利用した犯罪まがいのことまでやってますからね。庶民階級でも下の方はすぐに犯罪に走る。凶悪犯罪も多いですよね。ふつうの人が起こす殺人事件の数が急増です。
 倫理観と教養は一体のものですが、教養がなくなるとモラルがなくなり、したい放題になるのでしょうね。おそらく2026年は、それがハッキリ見えてくる年だと思います。上が腐敗すれば、下も腐っていくのが世の中というものです。倫理観がなくなるというのは教養のレベルが下がるということでもあります。会員の皆さんは加害者側にはならないでしょうが、被害者にはなる可能性があります。こういう社会状況・・・・この背後には、教養としてきちんと本を読んでこなかった人々の問題があります。

読書挫折をする子どもたち

 さて、お正月から、いきなりおめでたくない話となります。昨年は就学児ブッククラブで、ひじょうに悪い現象が起きた年でした。おそらく今年も同じことが起こるでしょう。どういうことかというと、昨年から中学年を中心に本が読めない子が続出なのです。低学年でも起きています。いわゆる読書挫折です。
 これは子ども個人の問題ではなく、子どもの周辺、もっと言えば、この社会が引き起こしているものだといっていいのではないでしょうか。小学生の読書は文を読む基礎なんですが・・・・。この問題について長く考えてきた私としては、じつは、もはや子ども自身の問題ではなく社会の問題だと思わざるを得なくなっています。もちろん、デジタル系の問題(スマホやゲーム)はその問題の原動力として以前からありますが、いわゆる指導者(親・先生)のレベル低下も大きな一員でしょう。ダメと言えなくなっているのです。

読書の危機は社会の危機

 だから、新年に当たって、言うべきことは言っておきたいと思います。
 ゆめやはネット通販でも大書店でもなく、宣伝して売れるものなどまったく取り扱っていません。宣伝はウソまみれで、売れればなんでもいい。毛生え薬、膝治療薬、ボケ防止の薬、シワ消し美容液・・・・使って治った人を聞いたことがありますか?うまい嘘で買わせるだけなんです。
 だからウチは宣伝をしません。宣伝は売ろうとして「うまいこと」を並べるだけだからです。本を読めない人、買えない人に売ろうとするとダマスよりなく、「うちの本を読めば頭がよくなりますよ。」「難関大学もたやすく入れますよ」「これが、子どもたちの間で人気がある本ですよ!」というウソを並べなければなりません。

ヒマがない大人たち・子どもも

 ところが、最近私の周辺で「本が読めない」という人が出てきました。多くの人が読書ができない状態。文を書く人(新聞・出版社・評論を書く人々)でさえ本を読むヒマがないと言ってきます。なにも大量に読まなくてもいいのですが・・・。新聞・・・取ってない家も増えました。文に触れにくい状態です。
 つまり本を読む余裕がないのです。まるで、エンデのモモが、おだやかに時間が流れているその村にやってきたあと、時間泥棒がやってきて人々からお金と時間の換算で時間を奪ったときのようです。結果、読書などお金にならないで時間を無駄にするものとして多くの人が避け始めたのです。そうなれば、娯楽に向かい、食い物、スポーツ、お笑い、商品広告にしか目が向きません。結果、頭の中の教養、知的レベルが下がってきます。
 この風潮が出てきたのは、文科省が全部まとめて自然・社会・人文科学から単位を取得する義務をなくしたことが原因にあるのでしょう。原因というより困った上の対策かも。外国語も英語だけ、第二外国語の必修もなし。誰も反対意見を出しません。ここのところ、見ていると高等教育から【古典(日本古典も外国古典も)】が消えているのです。これは思考力の範囲と方向を押さえつけてしまいますが、デジタル化の障害になるので削除しているわけです。だいたいですね。各分野で「古典」に触れることがない大学を「高等教育機関」と言えるのでしょうか?

わかりやすい例で言うと

 朝ドラ「ばけばけ」のラフカディオ・ハーンの「怪談」の『むじな』は、かつて中学生の英語の教科書に要約が載っていました。There was the long slope in Edo。知ってますよね。原文は高校あたりで読めばもっと細かい表現の全体がよくわかるはずです。これは平家物語でも源氏物語でも方丈記でも同じです。原文を読めば、どういう考え方で書いているかが見えてきます。まずは暗記からで・・・・。一回読んだだけでは何が何だか多くの人はわかりません。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」・・・これを中学生、高校生が最初に読んでわかったらかなりの読書家です。「いずれの御時にか女御・更衣あまたさぶらいける中に桐壺の女御といふものありけり」・・・まず単語の意味が分からないでしょう。でもこういうものは体験しておかないとやがてわかるというレベルに行かないのです。
 読む文の順序を無視して省いたらうすっぺらい教育となり、大学を出ても肩書は付くが中身はないということになってしまうわけです。すると、思考力のない、あるいは、どうでもいい事柄をたくさん知っているだけの「器用さ」が学習の結果となります。「ああ、それ、平家物語の冒頭だよね。」「ああ、大河の『光る君へ』のもとになった本だよね。」で終わりです。
 そんな人はきちんと文を読みませんし、考える力も少ないですから、最初言ったような心や頭の劣化が起きてしまうのです。つまり、「世渡りのうまさ」だけで、生きていくよりないというさびしさです。

なぜ「本や新聞を読む」ことが大切なのか?

 ・・・雑誌やスマホの記事ではだめなんですよ。上っ面の事実だけですから思考の幅が狭くなってしまう。「わかった!」で終わりなんです。これでは議論もできませんし、考えて実行することもできなくなります。本や新聞記事はそれなりの知性を持った人が何かを書いている。文の中には、古今東西の英知がありますからそれに触れなければ、ひたすら愚かになるだけなのです。
 現代の日本人は、「目先の利益に惑わされ、小さな成功に慢心するだけ」という負のループを繰り返します。「目的は儲かればいい!」だけなのです。でも、またすぐにバブル崩壊のようなことは起こるでしょうね。
 日本で経済成長が長く続いたのは、社会や文化の状況を見つめて、新しい段階のシステムをつくる総合的な知識があったからです。「本や新聞を読む」ということは、自分の狭い関心以外のことも目に入ってくるということです。スマホ記事は、紙の新聞の記事とは違います。見るだけ/考えない。
 SNS を見ていると、自分の職業や専門を少しでも離れると、小・中学生みたいな文章しか書けない大人がほとんどです。多く詩のような短文。そうすると、「自分が好きなこと、得意なことに価値がある」と言い始めますが、それは間違いです。そうした自己中心主義を克服するためにも、古典も含めて、「本や新聞を読む」ことは大切なのだということを子どもに伝えないとまずいのです。生き方を誤ったら元も子もないのですから。

本や新聞を読めない人

 こういう人々は、映画も荒筋を知って終わりか、早回しで見ます。「見ない」ではなく「見ることができない」のでしょう。本や新聞も「読まない」のではなく「読めない」のでしょう。これがネットとTVに洗脳された頭です。
 いま政治家は選挙民の多くが「政策を読んでもわからない」ので政策を言いません。聴衆は長い演説を聞くことができないので数分で切り上げる。その代わりネット上に人を雇って膨大に発信する。選挙民が政策を理解しないので、候補者は刺激的な体験談で共感者を増やす。芸人のネタみたいですね。政治家自身も具体的な議論ができないので、攻撃的なもの言いになる。そうすると、なんとなく論破したように見え(笑)、『勝ってるな』と感じさせる。でも中身はカラッポなのです。これが、見えてきた最近の世の中の流れでした。
 今後も人々が本も新聞も読まず、テレビでお笑いとグルメやスポーツ番組を見て、ネットで気に入った言葉だけを拾うだけなら、改憲だろうと戦争だろうと政府の思うままに突き進むことができますよ。あっと言う間に、閣議決定で徴兵令を敷くかもしれません。必要なことは前述した教育内容の見直しです。
 小学校で憲法を覚え、戦争の歴史と、歴代の政治政策と、投票の意味を教える。中学校と高校では、実際に存在する日本と世界の問題を使って、生徒同士で議論をする。そのために多くの本を読み込み、作者の意図を理解し、自分の言葉で語り、書く。本は教養などのためだけではなく、生きるために必要と教える学校を期待したいですね。(新聞一部閲覧)

本ともに過ごしてきて

 愛知県 Wさん
 ゆめやさんとの出会いは、まず、名古屋のSさんでした。Sさんと知り合ったのは長年の仲良し夫婦からの御紹介で、第一子が産まれたタイミングで、そのSさんから、ゆめやさんを紹介いただきました。
 「二歳過ぎると入会させてもらえない(笑)」「辛口コメントの親父がやっている(笑)」「我が家の娘たちもお世話になった」などなど…おもしろい話をたくさん聞かせてもらいました。このような人と人の繋がりを大変、ありがたく思います。
 子どもが産まれるまで絵本など気にかけることがなかったので、ゆめやさんから送られてくる絵本がとても新鮮に感じました。言葉は少ないのに、なんだかおもしろくて、何度も読みたくなる、繰り返し子どもに読むのも楽しく、私自身も絵本に魅了されました。確か最初に届いたのが、「ごろごろにゃーん」だったかな…。どんな感じで読むの?なんだか衝撃(笑)と思いましたが、私も子どもも何度も読みたくなる・・・思い返せばそんな日々だったと思います。
 そのうち二歳くらいなると文字も読めない子どもがすらすら絵本を読み出し…ページをめくるタイミングまでバッチリ!「天才か!」と思いましたが、夢新聞に「二歳くらいの子どもにはよくあることだ」という記事があるのを目にして、「なるほど?そういうものなのね」と納得したのもよい思い出です。次に驚いたのは小学校に入学して、国語の音読がすらすら読める、「すごい、これはやっぱり読み聞かせの成果!?」と思った記憶があります。実は今年1年生になった娘にも同じ事を思ってますが、実際どうですか?
 思い返せば、小さい時から今まであっと言う間でした。昔も今も悩む事はもちろん色々ありますが、育児書など一度も購入したことはなく、購入しようと思ったことすらありません(笑)。
 ゆめやさんから送られてくる夢新聞、ニュースレター、「これが一番信用できるよ!これが育児書だ」と思いながら過ごしていたら10年経ちました。口数の少ない会員でしたが、ゆめやさんには大変お世話になり、大変楽しませて頂いています。感謝致しております。娘もまだいますので、まだまだよろしくお願いします。

【ゆめやから】

 ほんとうに長いお付き合いでありがとうございます。ついこの間の御入会と思ってましたが、もう今春は中学生なんですね。下のお嬢さんも小学生になったので、まだまだお付き合いは続きそうですが、ゆめやも今年で46年目。私の寿命が持つかな(笑)。ま、生きている間はよろしくお願い申し上げます。



(2026年01月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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