ブッククラブニュース
令和7年
12月号(発達年齢ブッククラブ)
2025年12月、1月の予定
定休日は日曜、月曜、祭日です。
12月は臨時休業はありません。日曜・月曜・祭日のみが休業です。
12月は29日から1月5日まで年末年始休業です。1月6日から営業。
休業日・時間外受け取りは事前にお電話ください。
日曜日でもお受け取りになりたい方は事前に電話連絡をお願いします。
外出していないかぎりOKです。また前日のご連絡なら在店するようにします。
★営業時間は午前10時30分〜午後6時00分(冬時間)
受け取りの方で午後6時以降に来た方は電話かピンポンで呼び出してください。
なにしろゆめやは零細商店ですので「昭和」の感覚でお出かけください。
たいてい在店していますので店を開けます。ご遠慮なく。たまに買いものに出かけているときもありますが・・・。
静かなクリスマスにしたいですね。
世の中が良くなるか悪くなるか
今から40年近く前、このニュースに「キャバレークリスマス」というタイトルで文を書いたことがあります。
バブル直前の景気の良い時代で、世のお父さんたちは、クラブやキャバレーで飲み会をしながらクリスマスの夜を過ごし、お母さんは子どもとさみしいクリスマスで、事前に買ったプレゼントを朝まで隠しながら、ケーキで聖夜を祝っていたという時代。
その不満を多くの母親から毎年聞いていたので、このニュースで「父親は少しは早く帰ってきて家族とともにクリスマスを祝おう!」と書いたわけです。当時、お母さん方のほとんどは働いていませんでした。中にはパートタイムで働いていた方もいましたが・・・。
それから三十数年、世の中は変わり、キャバレーやクラブは激減、父親たちも家庭を大切にする人が多くなりました。12月24日は、家族団らんのおうちも多くなったように思います。今、クリスマスを家族と祝えない父親は、よほど重要な仕事がある人でしょう。子どもにとっても母親にとってもとてもいい時代になったと思ってます。最大の問題はフルタイム労働をし始めたお母さんが多くなったこと。日々、忙しいことでしょうね。それでも親は子どものためなら時間を割くものです。
時代が変わると家庭も変わる
しかし、高度経済成長期に働くことしか能のなかった父親を見て育った子はやはり家庭のことなど無視して、仕事や趣味や遊びに走るのではないかとも思います。いまや、その息子が父親になっているわけですが、果たして、自分の子どもと濃密につき合うことができているのか。
店に配本を受け取りにくるお父さんがたを見ていると、家庭を大事にしている人たちに見えますが、さて世の中ではどうなっているのでしょう。最近はお母さんの力が強くなっているので、家庭を考えるお父さんも増えていることは事実ですが・・・なにしろ政治がテイタラクなので、忙しい日々を送っているお父さん(お母さん)も多いことでしょう。
さあ、今年の聖夜。みなさんの家のお父さんはファザークリスマスを演じてくれるでしょうか。今年もいろいろなことが起きて落ち着かない一年でした。風邪をひいたり、体をおかしくしたりしないクリスマス・イヴを迎えたいものです。
今年も一年、おつきあいくださいましてありがとうございます。世間は事件や事故で大変ですが、会員の皆様には健やかな年の終わりを過ごしていただきたいと思います。
そうはいうものの世の中、お米が・・・
この国は政治も混沌、世の中も細かなことがからみあって混沌、価値観もバラバラになってきて、なんだか落ち着かない師走になっています。こういう感覚は、おそらく子どもたちの心にも伝わっているはずで、その影響がいつ出てくるか・・・世の中、下り坂になればどんどん転がっていくのがあたりまえでしょう。
政治家は下り坂にならないよう安定した生活を私たちに与えるのが仕事なのに、正反対のことばかりやっている感じですよね。自分たちの利害損得だけで動いています。これではまじめな国民は大変です。消費税は老後の社会福祉に使われると思っていたら、どんどん大企業や国防費に転換、減税どころかどんどんお金を国民から吸い上げる仕組みになっていました。これを一般人は知らないのですよね。クリスマスケーキを食べられない家庭も出てきていると思いますが、ケーキならともかくお米が食べられなくなっている階層も出てきました。
今年はお米の確保に大変な思いをした御家庭も多かったと思います。
菅原文太さんを政治家にしたかった
我が家は友人の北杜市の農家から玄米で30kgずつ買っていました。そして5kgずつ近所で精米して食べていますが、今年の秋は、その農家もいろいろな圧力で大変でした。農家のご主人は俳優・菅原文太さんが農業を始めたときにいろいろ教えた方なのですが、彼は文太さんの農業への心意気に共鳴したと私は思ってます。
文太さんは「政治の役割は二つ。国民を飢えさせないこと、絶対に戦争をしないこと」と言っていました。いま、そんなことは考えずにしたい放題をしているのが政治家です。
戦争が儲かるこということをしってきた政治家は、あの手この手で武器を売ったり買ったり。自分たちはご飯は食べられますから、国民はどうでもよい。これでは戦前ですよね。でもそういう政治家が生まれたのは、国民が政治に関心を持たず、選挙にも行かなかったからでしょう。いまだに、選挙に行かない人は多いのです。
政治家の質が悪くなったのは・・・・
質が悪すぎる高学歴(笑)政治家がたくさんで・・・考えも言葉も貧困。「(中国が)戦艦を使って、武力の行使を伴うのであれば・・・」と言う・・・いまどき世界中に戦艦はありません。「宇宙戦艦ヤマト」の見すぎなのか、どこかの戦前回帰型じいさんに吹き込まれた考えなのか笑えます。言葉は、時代性も内蔵する部分があり、それがわかっていないと陳腐な使い方になってしまます。また「脱酸素」と何度も言って気が付かない人もいましたね。・・・脱酸素なら人類みんな窒息死してしまいます(笑)よ。この人も大学を出てるはずなんですが、おそらく化学は受講しなかったのでしょう・・・秘書が間違えた原稿をを読んでしまっても読んだときに「ちがう!」と思うのが普通で、何度もその言葉を読む教養人はいません。こう考えると、いまや学歴はあてにならないのです。かんたんに言えば、本を読んでいないのですよ。
こういう教養のない人々が政治をしたら、来年は「お米が食べられなかったら、ラーメンやうどんを食べましょう」などという人も出てくるかもしれません。まあ、昔から「パンがなければお菓子をたべればいいでしょう」と言った人がいるらしいですから・・・・その類が出てくるでしょうね。
文化まで壊されるかも
なにはともあれ、親は子どものおなかを満たさなくてはいけないし、クリスマスにはケーキを食べないといけません。お正月はお餅を食べないと始まらない。その根本を与えるのが政治家です。来年はもう少し関心を高めて、まともな人を選ばないと子どもたちの時代が危うくなります。親も意識改革です。
この国は、宗教の教義にとくにこだわらないでずっと来た国です。
クリスマスはイエスの降誕日なのにサンタクロースが来る日にしてます。お釈迦さまが生まれた日も甘茶を釈迦像にかけるだけ。別に特別な宗教習慣や教義にあるやり方をきちんと行わない民族なのです。
生まれたら神社に行ってお祓いしてもらい、結婚は教会でして、死んだらお寺へ・・でも宗教裁判にかけられない国なんです。いい国だと思います。こういう曖昧ながらある種のきちんとした習慣を持つ国として維持できるか、できないか? これを考えておくのは重要なことで、次世代の子どもたちのためにさらにしっかり考えなければだめな時代になるでしょうね。
発達対応絵本 ⑧
多様な物語を読み込める時期
4歳という時期は、それまでのある意味単純なストーリー展開から、多様で長い話になり、内容も深まります。ここまで来れば、親がおどろくほど長い話が聞けるようになっています。近くにいるキャラクター絵本や戦隊もの絵本ばかり見ているお子さんを観察してください。おそらく長さや深さは拒否反応を起こし、楽しまないでしょう。でも、順を追ってきた子にとっては、ここは長くてもわかり、展開があっても何でもなく聞ける力があります。ふつうに読めば、じゅうぶん物語の展開を楽しめます。
また内容も社会性がともなう高度なテーマのもの)に変わってきます。男子ではルールを無視したい男の子の活力を表現した「かいじゅうたちのいるところ」「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」などが入ります。「スイミー」も「からすのぱんやさん」も周囲(親や家族)と自分の関係です。
客観的にみることで疑問と反発が
4歳になると子どもの多くは親と子の関係以外のもの(社会など)を意識し始めます。何かに属しているという意識ですね。このため、精神的にプレッシャーを受けて不安定になる子も出ますが、すんなりと組織に入り込める子もいます。まあ、時間が経てば多くは社会を受け入れるでしょう。
こういう時期には周囲との関係を描く物語を多く入れます。だから、こうしなければいけない、ああしなければいけない!という禁止ではなく、自然に「社会とはこういうものだ」と示すことが大切です。そのためには物語を活用するのが一番ですね。主人公に共感しながら、世の中との関係がわかる・・・繰り返し読めば、自然に身につきます。
自分の考えを言い出す時期
とはいえ、4歳くらいの反抗は反抗でも、かわいいもので、ほとんどが口です。暴れまわることなどほとんどない。自我の突出とルールとのかねあい・・・中にはルールを学べず反抗期を過ぎてしまう子がいます。ルールは教えましょう。
親が先回りしたり、代弁したりしては、・・・社会性が育ちません。世の中、また反対に、注意できる人が少なくなっているので、傍若無人・モラルハザードの子が育ってしまうこともあります。そうなると大変・・・学級崩壊の原因はみんなこれです。4歳は重要な時期なんですね。うまく反抗と付き合い、社会性を身につける・・・。4歳の話が分かれば、そういうことは起こらないでしょう。大切な読み聞かせ時期です。子どもの意見が間違っていたら、そうではない!と話し合うことが大切です。いろいろな意見は子どもを考えさせることとなり、やがて自分の考えを作るおおもとになっていくでしょうから。
(ニュース一部閲覧)
今年もありがとうございました 楽しいイヴを!
あっというまに一年が過ぎ、またクリスマスがやってきました。なんだかわからないうちに大変な今年が過ぎていきます。今年の最大の社会現象は、食料=物価高騰と外国人問題でしょうね。山国に住んでいるゆめやはあまり外国人と顔を合わせませんし、お米はなんとか食べています。でも急にニュースであふれ出た食料高騰と排外主義・・・・「そんなにお米がないのか!」「そんなに外国人が入ってきていたのか!」と山国の田舎者はビックリせざるをえません。山国では、まだなんとか食べていられますが・・・。
食べられなくなる日が来るかな
今日の朝食は卵焼きとシジミのお味噌汁。一口すすって、「あー・・・(うまい)」と言いながら、卵焼きをおかずにご飯をかき込みました。ゆめやのおばあさんは「卵が高くなってね。来月からは毎日出すのはやめるよ。」と言います。卵好きのゆめやのおじいさんはなんだか悲しくなります。おばあさんは、何事も耐えるタイプで、おだやかに暮らしていますが、おじいさんはあらゆる物事の裏を考える人なので、「食料自給率も低いくせにアメリカから高額な武器を買わされて・・・バカモノが!」と思ったり、じじばばには高齢者福祉があると思ったらわずかな年金からも医療保険費まで天引きされるひどさだ、こりゃあ悪代官の政り事だなあと思ったり、あわただしい年末もいらだちの毎日です。来年はどうなるのか・・・・先を読むのはむずかしいです。外国人がこの辺にもやってきて精神を緊張させなければならんのか・・・お米の確保は? 子どもたちの環境は? 本が読めなくなるこの数は? を考えるつらい年の瀬。今年も救世主は来そうもないのでないので、クリスマスは祝わないでいようと思いました。外国人問題どうなりますかね。
先を読むのはむずかしい
かつて、この新聞で映画「familia」のことを書きました。ブラジル人移民と日本社会の軋轢を描いた映画です。これは山梨県出身の成島出監督の作品で、この方の映画は「ソロモンの偽証」をはじめ「孤高のメス」「八日目の蝉」「銀河鉄道の父」「52ヘルツのクジラたち」と時代の先読みをするかのような作品が多いのです。
監督の従妹さんがブッククラブの会員で必ずチケットをいただくので観るのです。どれもこれも先を読んだ作品。「familia」もグローヴァル化が抱える問題の中でどうしたら外国人と共生できるか、というむずかしいテーマでした・・・映画は現在進行形の話のようにもみえましたが、こういう軋轢はかなり前から始まっていたような感じもしましたね。
しかし、その時は身近なこととは思えなかったのが今年は、見渡せば、外国人問題、食べるための戦い・・・・現実に起こり始めると、たしかに先を読んだ作品だったなあと思わざるを得ないのです。大変なことが描かれているが、近未来(いやもう現在の)のこの国の姿かもしれないのです。軋轢という言葉で簡単に表現できない、人の命のかかわる問題まで起こるでしょうし、もうおこってますよね。
先を読む前に
目がきく人は先が読める。これは会話も小説も映画も同じで、スタンリー・キューブリックが「2001年宇宙への旅」でモノリスという長方形の板を出した。それを類人猿が見て遊んでいる。この映画は50年以上前の映画でしたが、観たときは「意味わからん!」だったのです。類人猿は、このモノリスを触ったあと、お互いに殺し合いをして相手のものを奪う。当時は「何なんだ、このモノリスは?」と思った。しかし、今、思えば、「この黒い長方形の板はスマホではないか」なのでゾッとするのです。スマホを原始人が見て戦いが始まる・・・・「うーん。現代のことをいってるんだなあ」と思ってしまいます。これを50年も前にわかっていた人がいる。
先述の成島監督の作品で彼としては例外的なものがひとつありました。「連合艦隊司令長官・山本五十六」という映画です。「成島監督らしくない」!。これを観たときに場違いな感じがしましたが、すぐウクライナ戦争が始まって過去の出来事ではないと思ったのです。まさにあの危機は今の危機。ところが・・・それは今年考えるとウクライナの話ではなく、「存立危機事態」という言葉が出た今年のこの国であるかもしれない。この国は「真珠湾攻撃」というとんでもない戦争の始め方をやった国ですからね。世界中どこにもない「戦艦」なんて時代遅れの言葉を言う為政者も出たわけで、「戦艦は、連合艦隊の中にはあるなぁ」と思ったしだいです。
♬そういうことは考えずに・・・
どうせ先を読めても、コメは足りない、町には意思疎通ができない人が多くなっている。これは私個人ではどうしようもできないこと。もはや、読書挫折していく低・中学年の子どもたちもなんともできない状態、そんなじゃダメだと怒ってみても、それでもいいかと思ってみたり、相談も多くなっていて毎日難儀なことばかり。希望の灯が見えはしないのですが、それでもいいかと思ってみたり、小さな本屋が突っ張ってみても、日に日に世界は悪くなる。落ち込まないで、あきらめないで、なんとか力のあるかぎり、じいさん、ばあさん・・・野垂れ死ぬかもしれないね、と、何があるかは知らないけれど、行きつくとこまで行くよりなしで、帰る場所などとうに忘れた・・・世界はどうにかなるでしょう。これまでも大変な時代が予測できずに何度も出会って越えてきたわけだから。イヴにはシジミ汁でも飲んで、卵焼きと鶏の足でも奮発して食べましょか。それがいちばんいいかもね。ばけばけ。
2025年読書感想文コンテスト 最優秀賞
『世界を変えるには』 K・Kくん 甲府市
「人類やりなおし装置」という題名を目にした時、一体どんな装置で、何が起こるのだろうかときょうみを引かれた。「人類をやりなおす」そんなことができるのだろうか、本当にやってしまうのか、と読みながらハラハラしつづけた。
教授が考案した「人類やりなおし装置」は、人間の目には見えない特別な波を出す。その波にふれると、人間や社会に悪えいきょうを与える存在がすべて植物になるというものだ。例えば、戦争で使用する銃や戦車などを植物にしてしまう。世界を救うため、悪えいきょうのある存在を植物化にする装置なのだ。なかなか思いつかない発想に、ぼくは最初はおもしろいと思ったが、読んでいくうちに正直ちょっとこわくなった。
教授は新聞を読みながら助手にこう言っていた。「悪いニュースばかりじゃ。戦争、環境汚染、無責任なやつらがひきおこす交通事故、金に目がくらんだ役人、そんなおとなの中でくらす子どものいじめ…。人類はいったい、どうなるのじゃろう」そんな思いから金もうけのための研究をやめ、世界平和のために助手とともに立ち上がることになる。
世界をよくしたい気持ちは大事だが、自分だけで勝手に全部変えようとするのはおかしいと思う。都合の悪いものも消して平和な世界に変えると言うが、それは誰の基準で?ぼくの頭の中には疑問が次々うかんだ。地球上から争いがなくならないのは、考え方の違う人達と分かり合えなかったり、ゆずり合えなかったり、利益ばかり考えるではないのか。みんながいいと思う基準が作れないとすれば、一部の人間の考えで決まっていいものなのか。答えはノーだ。
教授と助手の二人が、消さずに残すものを考える場面では、いつの間にか自分も「残したいもの」を考えていた。自分の好きなものはもちろん、必要なものは次から次へと思いつく。この世から消えてしまうとしたら、残し忘れたら大変だ「責任重大だ。」と手帳を持ち歩き、残すものを書きこむ助手の気持ちがよくわかる。
消しゴムで消せたらいいな、と思う失敗は誰にでもある。だが、もしも本当にやり直せるなら、結果は必ず良くなるだろうか。出来事一つ一つ、ちょっとした発言、関係する人たち…様々なものがからみあって結果につながるのだから、そう簡単に良い結果に変わるとは限らない。失敗の後に「次はどうすれば上手くいくか」を考えることに価値がある。
装置自体を残すものに入れ忘れ、「やり直し」が起こる前に装置が消えて教授の計画は失敗に終わる。ぼくはほっとした。社会の悪を排除する簡単な方法はないということかもしれない。一しゅんで世界を変える方法など存在せず、人間は万能ではない。だからこそ、「すべてを自分の思う通りに変えよう」などと思わず、人と助け合って、足りないところを補い合いながら生きていくことが大切なのだ。大事なのは、皆で考えつづけることだ。
講評
今年は二編しか応募がありませんでしたが、いずれも甲乙つけがたい秀作でした。
でも、今年の最優秀は上の一編に決めました。なんといっても小4です。すばらしい感想だと思います。考えの流れも文の流れも、なかなか、こうは書けるものではありません。11月30日の寒い夜ラーメンを食べながら人類のやりなおしほど、むずかしいものはないと考えながら読みました。このKKくんの文を読みながら来年は何が起こるのだろうと頭をめぐらせています。小4なのに彼はここまで考えている。
ゆめやのおじいさんは、小3,4で読書挫折してしまう子どもたちのことを考えながら、大きくなったら、なんでもいいから感じたことから考えをつくっていってほしいと願っています。これからは大変な時代になるでしょう。人類はやりなおしがきかない。おそらく、いまの大人たちも・・・・行きつくところまで行ってもやりなおそうとはしない。
世界を変えるには・・・変わらない子どもたちの力が欲しいのですが・・・変わるかな?変わらないかな?すべては、考えることから始まります。人間は考える葦なんです。弱い葦ですが考えている葦のはずなんです。(新聞一部閲覧)
(2025年12月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

