ブッククラブニュース
令和7年
7月号(発達年齢ブッククラブ)

2025年・7月・8月の予定

定休日は日曜、月曜、祭日です。
7月は祝祭日が海の日ですが、月曜なので休みです。
8月は13〜15日がお盆休みで休業です。
休業日・時間外受け取りは事前にお電話ください。
外出していないかぎりOKです。当日の連絡ではなく事前連絡を!。
営業時間は午前10時30分〜午後6時30分(夏時間)
 受け取りの方で午後6時30分以降に来る方は電話かピンポンで呼び出してください
 なにしろゆめやは零細商店ですので「昭和」の感覚でお出かけください。
 たいてい在店していますので店を開けます。休業日は買い物に出かけているときもありますが・・・。

お願い・メール送信の際には

 ●LINEやスマホ電話の慣れから、送信者名が表示されると思われている方もいると思いますが、ゆめやのPCでは前のメールを検索しないとお名前が出てきません。手間がかかります。電話は古い家電ですので、まったく何も表示が出ません。電話ではお所とお名前を先にお願いします。
 ●メールではご面倒でもお名前を(できれば)フルネームで、どこかにお書き添えください。
 旧姓でアドレスネームが来てもわかりませんので、文尾に新姓で書いてくださるとわかります。よろしくお願い申し上げます。新聞・入金確認ハガキなど紙文書は必ず出してお渡ししますので、ご安心を。

まつりをするとは・・・?

 この国にはまつりが山ほどあり、古代からずっと続いている。今月の「七夕」もまつりのひとつだし、祇園祭・富士山山開き・・・いたるところでお祭りが開かれる。八月になれば納涼祭や寺や神社のまつりが、全国各地で行われる。
 子どものころ、こういうお祭りに連れて行ってもらうときは、行水を浴び、洗った衣服(ゆかたなど)を着てすっきりとした姿でいかなければならない生活習慣がありました。
 さらに神社やお寺には手水舎(ちょうずや)という清水が出る場所があって、手を洗い、口をすすぐ。まあ、身も心も清らかにしてお参りや見物をしようというわけです。まあ、「まつり」には身をきれいにしてのぞまなければいけないということでしょう。この習慣があるせいか、お寺や神社で手水舎があると、ついつい手にそそぎ、口に含んで口中をきれいにする習慣が出てしまいます。
 つまり「まつり」や「まつる」には、清い身体や心持が必要なわけで、汚れた体、でたらめな行動、こころから真っ当な祈り方、まつり方が要求されるというわけです。見える部分だけではなく、見えないところも綺麗にしておかなければいけないのが「まつり」なのでしょうね。

まつりごと

 「まつり」は「まつる」の名詞形。もとは神や仏をまつる儀式を意味でした。だから、おまつりは身をきれいにしておこなわなければならないというわけです。
 この国では古代から、祭をする人と政治をする人が同じという仕組みがあり、昔から政治を「まつりごと」と呼んでいたことは、みなさんもご存じだと思うのです。
 と、いうことは「まつりごと=政治」も身をきれいにして、穢(けが)れのないことをしなければならないのです。おまつりと同じくね。
 会議の最中に居眠りをしてもいけないし、口汚く相手をののしってもマズいわけです。もちろん、嘘、いつわり、ごまかしは、神や仏をまつる(まつりごと)上では決してしてはいけないことですよね。
 ところがご承知のように、近年の政治家の先生方は、考えも汚く、態度も尊大、理に合わないことをへいきでやります。その先生方より若い世代の政治家など、言いたい放題を言い、自分のためなら何でも言ったりやったりで、とても「まつりごと」をやっているとは思えないのです。
 民のために何かをするというのが「まつりごと」なら、まず自分をきれいにしなければならないでしょう。裏金とか不倫とか人格を疑うような人がえらそうに政治を語っても信用できません。
 というより、以前はともかく、このような汚なく身勝手で、独善的な議員が「偉い先生」としてマスコミが評価したら、これはもう世の中そのものが乱れることになってしまいます。
 歴史書を読めば、おかしなことをする王は倒され、デタラメなことをする家来は処分されます。そういうことが、なぜかわかりませんが、おそらく人格尊重とか、自由の重視とか、みんな平等という誤った基準で許されてしまっているのが現代の社会なのでしょう。これを排除して、身がきれいな人を出していかないと国がつぶれますね。

亡八

 ところが見ていますと、人間として不適格な人が、この「政り事」をしています。大河「べらぼう」でよく「忘八」という言葉が使われますが、まさに忘八議員が「まつりごと」をしているように見えます。
 忘八とは、人がまっとうに生きていくうえで、必要な仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌がない人間です。
 漢字の意味が難しいので、どういうことかを説明しましょう。江戸時代の人々は識字率が高かったので、たやすく分かったようですが、
 仁とは、人に対しての親愛の情や優しさ。
 義・・・利や欲にとらわれず、するべきことをする正義。
 礼…宗教儀礼でタブーを犯さず、守るべききまりは守る。
 智…道理がよくわかること。そういう知識が豊富なこと。
 信…情に厚く、約束をたがえないこと。真実を告げ、誠実なこと。
 忠…相手に尽くす真心、物事をやろうとする人に果たす忠誠
 孝…子が先祖や自分の親を敬い、親は子を支える倫理。
 悌…家庭内部や親、それ以外の関係者に礼をつくす気持ち。
 この気持ちがない人間を江戸時代には「亡八」と呼びました。いま、ニュースの事件、政治の世界の様子を見ていると「亡八」だらけです。
 言ったことをやらない、平気で嘘をつく、困っている人を助けない。自分の得になることしかしない。自分がやったことを過大評価して宣伝する。
 「まつりごと」とは、神仏に対して恥じない、世の中をよくするための計らい。まつりごとが狂えば世の中は混乱して、ごまかしや詐欺が増えます。いま、清さのある政治家、企業人が求められています。

自由・平等・個性は考え直さねば

 「何をするのも言うのも自由」「大人も子どもも、病める者も健康な者も、富めるものも貧しい者も平等」「限度を越えたことをしても、その人の個性」なんて考えは。もうやめるべきなんですね。
 まして「まつりごと」をする人たちは、身を清くきれいにして、世の中のゆがみや悪を取り除くことを第一に考えなければなりません。
 自由・平等・個性などは古びた20世紀のきれいごとのお題目で、現実を無視したもののように思います。そんなものを学校も社会もいつまでも拝んでいず、まっとうな考えを子どもたちには教えていきたいものです。そうしないとぶつかり合いの世界、治安の混乱、下手をすると戦争まで行きますからね。
 なにをするのも自由であれば、欲望のままに動く人が出ます。平等など古来、実現したことはないのです。なにしろ「老若男女」「異人種」「生まれの違い」があるのが人間です。これをぜんぶ平等にはできません。「人それぞれには個性が!」と言っても、悪い個性(殺人狂とか盗癖とか・・・・)は個性ではないです。でもそういう体質の人もいる。これを何でまとめていくかというとモラルをつくるよりないでしょう。
 自由や平等・個性を無制限に認めれば、前述の「亡八」です。そんな人間は世の中を生きにくくする存在です。江戸時代とは違う「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」を再構築しなければならない時期に来ています。さて、誰が社会を混乱させる問題をどう処理するか・・・・今回の選挙で、その背景が見えてくるでしょう。

暑い夏と悪い時代が始まる(?)・・・・

 このニュース・・・6月末に書いています。なんという蒸し暑さでしょう。甲府は梅雨が明けてませんが西日本は明けました。気温はウナギ登り・・・すぐに全国最高気温を記録・・・でも驚きません。数年前には40度越えがありました。
 この暑さ、いったい何が原因なのでしょう。このニュースを書くのも億劫(おっくう)になります。甲府は夜も暑いので夜間にニュースを書く私は汗ダクダクです。挿絵を描く集中力もないのでけっきょく雑になります。もともと雑だから皆さんは感じないでしょうが(笑)!扇風機に当たりながら、冷えた紅茶ばかり飲むのでお腹はガボガボ、全部汗で消えます。
 でも、飲むもの、食べるものがある時代は暑さくらい我慢ができますが、無策政治でお米があぶなくなってますね。外国産米を輸入して減反政策を続ける・・・バカとしか言いようのないやりかたです。これは「売国」ともいえます。
 つまり、この何十年か、いいように利用され尽くしてきたのが日本でしょう。だからと言って軍備を増強して、相手をやっつけるというのは時代錯誤。ここは考えねばならないところでしょうね。

アメリカひじきと古古古米

 野坂昭如さんの本に「アメリカひじき」という小説があります。「火垂るの墓」に所収されている話なので読んだことがある人もいるのではないでしょうか。
 80年前の夏、敗戦日本に米軍がドラム缶に入った食料を落とします。そこに飢えた日本人が群がる。いろいろな食べ物の中に缶に入った「ヒジキ」があって、鍋にいれて炊くのですが、苦い汁ばかりが出てまずい。みんな「アメリカのヒジキはまずいなぁ」などと言っているのですが、これがじつは「紅茶」。たしかに紅茶の葉はヒジキに似てますが、知らないということは自分の習慣でしかとらえられない・・・という悲しい笑い話です。
 さらに「火垂るの墓」を読むと、飢餓というものがどのくらい酷いことかもわかってきます。空襲や飢餓で死んだ300万人もの命に対して誰も責任を取らず、敗戦直後でも葉巻をふかし、ステーキや目玉焼きを食べていた人たちもいたのです。テレビドラマの戦争場面はそういうことを描きません。朝ドラ「あんぱん」でも極限状況は描きません。いつの時代も政治家は都合の悪いものは隠す、忘れさせる、問題を取り上げない・・・しかも教科書で歴史を捻じ曲げる、あったことをなかったことにする・・・どこかに悪い人がいるんですね、今も。
 米がないので古米、古古米、古古古米の備蓄を放出する。古古古米なんて家畜の飼料ですよ。それを偉そうに安く売る。5kg100円ていどのものを2000円で売る・・・こういうあくどいことを平気でやる政府になったわけです。まったく日本人はお人よしで、それをありがたがって買う。減反政策のツケなんですが、お金しか目が行かないのでこういうひずみが出てきています。そのうち、カリフォルニア米、ブラジル米、タイ米を低所得層がたべなけれならない時代が来ますね。「アメリカおこめ」という名になるかも。

七月の選挙が分岐点になる

 戦後生まれの政治家がまたいつか来た道を歩き始めています。自分たちさえよければ人はどうだっていいという懲りない人たちです。たった数年でとんでもない状態になっていくのが誰も想像できませんでしたから、いまが良ければいいというわけでしょう。しかし日本人は、怖いことは想像したくない。嫌なものは見たくないようで、テレビはお笑いと食い物の祭典。学校までが「悲惨なこと、残酷なことを子どもに語るのはまずい」と言っていますから、学校でも語り継げないのでしょうね。一番、信用できないのはマスコミです。戦時中とまったくかわらず、批判なく  こうしてみんな過去を忘れ、ゲームや漫画で育った子が「殺してみたい」「誰でもよかった」と事件を起こす時期になってきました。赤ん坊のころからサブカルチャーに触れていれば何もかもバーチャルで、責任も取らずリセットということでしょうか。いまそういう犯罪を40歳代の人が起こしています。40年前のことを考えてください。ニンテンドーのファミコンが出た年です。その後、無数のゲームソフト。これからの子育ては・・・デジタル化で、ますますむずかしくなっています。スマホの悪影響が出てくる時代となるでしょう。
 その裏で利害だけで動く政治家たち・・・庶民は戦争法案を作った人に危機感を持ってもらいたいですね。暑いですが・・・・世の中を悪くしないためには選挙に行くよりないのです。与党がダメはわかっていても、野党もおかしな党がいくつもあります。さあ、子どもたちの時代を良い時代にする境目が今年だと思います。暑くても連休の中日でも、ここで政策を変えないと、子どもたちの未来を放棄することになりかねません。ぜひ、投票に行ってください,この文を読む頃は、どこか夏の行楽にお出かけかもしれませんが・・・・。ここは日本の分岐点だと思うのです。

発達対応絵本③
1歳半〜2歳

 個人差もありますが、1歳半くらいになると子どもはかなり大人の話す言葉がわかってきます。不特定多数から得る言葉ではなく、特定少数が自分に語りかけたり、繰り返して話してくれる言葉をどんどん覚えていきます。もちろん、言葉を発する子もいますが、多くは頭の中にため込んでいる時期です。これを理解言語といいます。
 話す言葉は表現原語といいますが、1歳後半〜2歳前半では理解言語と表現原語の差はひじょうに大きいです。言葉が出ないとあわてる親もいますが、まず心配はありません。3歳になればほとんどの子がどんどん話すようになります。個人差はありますが、べらべら話すから頭が良いということではありません。
 この時期、よく観察していると、単語で覚えていくというのではないようです。語りや話を全体的に吸収している感じなのす。と、いうのは、このあたりから喃語(なんご=乳児期に発する言葉で、ほとんどすべての音声言語に含まれる音素を持つらしい)が発展したような、不明瞭だけれど何となく話しているような言葉が次々と出てきます。まるで、インコやオウムが人の話を真似て話すような発語。グニュグニュベチャベチャ・・・思いつくと何かに向かって話しています。

言葉の教え込みはやめたほうがいい

 では、言葉を覚え始めているのだから、どんどん単語帳のような絵本を与えて言葉を教えたらいいと思いますが、前述のように子どもは単語で覚えるのではなく、話全体で覚えていきますから単語の教え込みはほとんど意味がないのです。フラッシュカードで育てた子が語彙量が多いということも聞きません。これは、かつて天才児を育てようとしたSONYの井深社長が結果的に早期教育の失敗を認めたことを繰り返しているようなもので、そういうあおりには乗らないことですね。
 そんなバカなやり方ではない、はるかに優れた言語の獲得法を子ども自身が持っているのですから、子どもに向けた特定少数人の語り掛け、話しかけのほうがずっと有効なわけです。
 絵本の読み聞かせなどは、そのもっとも有効な方法で、子どもがもっとも安心感が持てるお母さんの声で繰り返し語られる言葉はどんどん吸収していくでしょう。
 1歳後半は、自分でいろいろなことをする時期にもなってきます。「自分で!」「自分で!」という感じですね。ここでは自由な発想で、いろいろな好奇心を発揮しますが、これが親には「暴走」に見えたり、「よけいなことをする」という動作に見えます。で、きまりや、してはいけないことを描いた絵本を与えたくなります。しつけになる教えごともしたくなりますが、ここで大人の世界の「きまり」を押し付けるのは正常な発達に対して、そぐわないのです。

物語絵本の基礎となる1歳後半

 ここで登場するのが、親にとって都合のよい絵本です。「こういうことをしてはいけません。」「こういうことをするとみんなに嫌われますよ。」「こういうことをしましょう。」・・・大人の決まりを押し付ける・・・これは与えたくないですね。ゆめやがノンタンシリーズを入れないのは、そういう意味合いからです。
 2歳前後の子どもは自由に発想し、決まったやり方など無視して、いろいろなことをします。この幅の広さを一つの答えが抑え込んでしまうのは、その後の想像力や好奇心の発達に支障が出ます。
 配本では、この時期は荒唐無稽な大人が理解しがたい本を組み込んでいます。これで想像力を芽生えさせて2歳代のスジのある絵本のおもしろさを感じてもらいたいからです。想像の翼がはばたけば、3歳代の物語絵本は頭の中で縦横無尽に関心が広がって、おもしろく聞き取ることができるはずです。そのための準備のは1歳後半の絵本にかかっています。

配本の読後感想を聞く

 いつも選書には苦労する。何十年も居座っている名著は別にして、新作や埋もれている本から選書をするのはひじょうにむずかしい。
 とにかく量が多いので全部を目を通すわけにはいかない。愚劣な本を読めない少年向けの本などページをめくるだけでも時間の無駄。それに歳を取ってくると目が悪くなるので読書が進まない。そうそう、来月は白内障の手術が二つの目にある。早くしないと本が読めなくなる。さいわい三つ目の目は心の目なので、まだ白内障にはならない。心の目がぼやけたら大変だ。でもとりあえず本は選ばねばならない。
 幸いそういうときは、読書歴の多い会員の意見を聞くのが手っ取り早い。何がよかったか、何がダメだったか・・・こういうのは現役の小学生では無理なので、どうしても配本歴の長い会員にお願いすることが多い。まあ、手間をかけてもらったのだから本1冊くらいはお礼をします。
 今回はそういう会員の中で配本歴14年の岡田さんに読書履歴のひとつを書いてもらった。配本歴14年・・・赤ちゃんの時から中学まで、当然、こういう子はいまでもそれなりの本を読んでいる。下手な大人よりはるかに感受性が強いし、意見もきちんとある。そこで聞いてみたら「ハッピーノート」を書いてくれた。この本は比較的女子には評判のいい本だが、これが岡田さんは配本時点で読めなかったという。それが以下の文だ

読めなかった一冊

 高2 Oさん
 小学生の頃、配本で読めなかった一冊がある。それは、『ハッピーノート』(草野たき)だ。時間が無くて読めなかった、という理由ではない。気分的に読めない一冊だった。四年後の今になって、なぜ「読めなかった」のかを改めて考えてみた。
 『ハッピーノート』は主人公の聡子が周囲の人との関わりを通して良好な関係の築き方を模索し、精神的に成長していく話だ。この話が「読めなかった」のは、聡子が「人を自分の理想に当てはめようとして?を付き続ける」という思考や態度に納得がいかなかったからである。他者の考え方は自分とは違う。いつも自分が期待した言葉が相手から返ってくるとは限らない。これは当たり前だ。しかし、聡子は自分が言ってほしい言葉を相手に言わせたくて、意図的に?をつく。その期待が裏切られると落ち込んだり、思い通りにいかない相手に八つ当たりしたりする。人をありのままに見ていた当時の私にとっては不快なことだったのだろう。
 もう一つは、聡子は自分の内心とは逆の態度で人と接していたからである。私は自分に不誠実でいるのが嫌いだ。嫌なことには態度でしっかり示す。人に揃える(調和する)こともしない。当時の私は聡子の精神的な弱さを理解できなかったのだ。今もそれは変わらないが・・・。
 『ハッピーノート』を読めなかった私の考え方は、その当時の私の置かれていた状況によって作られていたのかもしれない。小学六年生の私はクラスメイトに日常的に嫌がらせまがいの行為をされていた。その為、嫌がらせをしてくる相手はもちろんのこと、その取り巻きの考え方にも嫌悪感を抱いていた。そして、その嫌悪感を抱かせる考え方をそのままに描いていたのが『ハッピーノート』だったという訳だ。
 もちろん、私が納得のいかなかった聡子の考え方は中盤までの事である。やがて聡子は自分の気持ちを伝えたり、人と対等に関わったりできるようになっていく。聡子の周りの人も変わっていく。私もこの四年間で変わった。『ハッピーノート』も読めるようになった。考え方が変わっても、未だに理解できない部分もある。これからも変わり続ける考え方の中でそれを理解できるようになるのかは分からない。しかし、理解できなくても読むことを通して何かを得られると良いなと思う。

こういう蓄積が心をつくっていく

 こういう思春期の心の変化はだれもが経験することだろう。その中で相手(人間というもの)を見抜いたり、どう切り抜けていくかを考えることは大切なことである。私も中学のころ壮絶なイジメを受けたが、助けてくれる友はいず、嫌な時代だったと思っている。しかし、大人になると、イジメた人間が愚劣になっているのを知り、そういうのが人の世の中だと思うようになった。そうしていると生き方がすてきな人とも出会う。その意味で、この岡田さんの考えは貴重な体験論だと思った。本を読んだ人間は自分が確立する。周囲との軋轢(あつれき)も起こるだろうが、それは周囲と無理に自分を合わせない成長でもある。(新聞一部閲覧)

感想文 体験文 募集

 そういうわけで高学年で、配本の新刊・旧刊の中から右の三冊を対象にして読後の感想を書いたものを募集します。
 「人類やりなおし装置」短いから書きやすい(笑)、この本はほとんどの子に入っているから書いてください。杜子春は長いから書きにくい(笑)と思いますが、深い話です。森に帰らなかったカラスは重たい内容だから書きにくい(笑)でしょう。でも小学生でも、うちのブッククラブの子なら読める本です。だから、感想文の募集だけはします。メール送付もOKですよ。

発送会員の方へ

 ニュースを2ケ月まとめて送付ということがあります。
 封筒・文書用紙・印刷用紙など通信に必要なものの価格が約1.5倍に。さらにひどいのは郵便代の値上げ。ハガキ、封書を通信に使うゆめやにはたまらないものがありますが会費・通信費などの値上げはよほどの高騰がない限りしないつもりです。開店以来44年間、すべての経費を一度も値上げをしなかったので、かなりキツイのですが、ここはなんとか踏ん張ります。どこまでできるかですが・・・・。
 書籍の利益はひじょうに少ないので大変です。皆様にご迷惑がかからぬように工夫で乗り切るよりありません。このため2ケ月分ニュース・新聞をまとめて送ることや個別通信も同封することにしました。毎月、欲しい方はご連絡をお願いします
 振替・振り込みのお礼をハガキで行ってましたが、そのハガキは翌月のニュース・新聞に同封します。日本郵便が6月からまた何か値上げを考えているようです。
 ●ですから、配本代の振替・振込は、できるかぎりお届け1ケ月以内にお支払いください。そうしないと返信が遅くなります。これまでは請求督促をハガキで出していましたが、お支払いが遅くなった場合は督促代を加算します。ご注意ください。
 ●振り込みの方は、振り込んだことをメールでお知らせくだされば確認は返信で連絡します。
 すべてこれまでの政治の悪影響。国がすべきことをしないようにした郵政改革はしてはならないことでしたね。
 アメリカが郵政民営化をしろと圧力を受けて小泉劇場が民営化を行いました。郵政労組が小泉選挙を応援しなかった私怨のようなものですが、当のアメリカは郵便は国営です。こういう公共事業は採算ではなく国民への福祉ですから利益や採算を考える組織ではうまくいかないのです。これを見抜けなかった国民の頭の悪さも、今の状態をつくった原因のひとつでしょうね。(ニュース一部閲覧)



(2025年7月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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