ブッククラブニュース
令和5年
5月号新聞一部閲覧 追加分

児童書業界はきびしい時代だが・・・・

 書店がどんどん潰れていく時代、とくに児童書の世界は、きびしい。ただ「今始まったことではない」と個人的には思っているので、あまり焦っていない。「こういう本を売ろう」とすれば、いつの時代でも利用してくれるお客様はいるわけで、本が読める子がいるかぎり児童書は残る。すぐれた本も残る。
 もともと地域を対象に商売をしてこなかったので(ご存じの通り、今でも県外のお客様が大半で、以前は70%もいた) 全国という分母があれば分子もそれなりにあるのだから、本を読ませたいという親がいれば、政府がデジタル化を進めても「華氏451度」まで温度は上がらないだろう。
 デジタル化に影響されるのは、もともと本を読まない層で、これはもう最初からお客にはなりえない人たちだからいろいろアプローチしてもムダなのだ。
 「以前は県外客が70%」と言ったが、たしかに県内のお客様は多くなかった。ところが、左のような記事を児童書作家の杉山亮さんが山梨日日新聞上に書いてくれたとたんに、県内が増え始めた。
 まったく高名な作家さんの言葉の影響はおどろくほど大きい。ブッククラブの性質上、宣伝ができない(低い年齢制限があるため)ので、こういう記事がでると心ある人がすぐに目を向けてくれるというわけだ。紹介制なので、会員が薦めてくれれば狭い県内ではすぐに、一定数を満たすことができた。まったく人のつながりとはありがたいものなんです。
 まさか、こんな小規模のブッククラブを評価していただいていたとはびっくりです。いま、杉山さんのお孫さんへ配本しているので、紙上の言葉はただの「推し」ではなかったわけで、これまたありがたいこと。足を向けて寝られません。
 上に掲げた新聞記事の全文詳細は次の通り。

杉山亮の遊んだり、学んだり

 ブッククラブで良書と出合う子どもたちが本を読まなくなったといわれて久しい。理由はいろいろ考えられるが、最大の理由は決まっている。親が子どもに本を買ってやる習慣を忘れたからだ。
 ぼくの家は狭い借家で、質素な暮らしだったが、それでも父は毎月一度、ぼくを書店につれて行って、本を買ってくれた。自分のものとなれば、それはもう、せっせと読むものだ。
 さて、絵本や児童書の専門店では、ブッククラブというのをやっていることが多い。入会してお金を払うと、毎月一、二冊絵本か児童書が送られてくるシステムのことで、子どもの年齢によって何コースかあるのがふつうだ。書店の側にすると毎月一冊、確実に本が売れ、利用者の側からすると毎月一冊、確実に本が手に入る。
 この方法は悪くない。
 もちろん、子どもの本は自分で選ぶか、もしくは親子でいっしょに選びたいという人、自分も本好きでセレクトに自信があるという人はそれでいい。
 だが、現実はそううまくはいかない。
 だいいち、近所に書店などないというところに住んでいる人だって多い。そんなとき、もちはもちやで児童書に詳しい人に子どもの本を見たててもらうというのは、ひとつの見識かもしれない。

 さて、実はぼくが知る限り日本で一番しっかりしたブックラブはなんと甲府にある。「ゆめや」という小さな絵本専門店だ。
 「こどもが2歳未満で、会員の紹介がなければ入れない」というむずかしい基準があるにもかかわらず、すでにクチコミで全国に千人の会員がいる。店には子どもの性別だの家族構成だの興味だのさまざまな要素を記したカルテのようなカードがあり、それにそって少しずつ配本が変わる。
 で、どの道を通ろうと、2歳から始めた子の半分くらいが、小学6年生まで続けていて、そうなると「黄金の羅針盤」だの「はてしない物語」だの、重厚なファンタジーが配本され、それをみんな楽しめるようになるという。
 すばらしい。そこまでいけば、トルストイだってドストエフスキーだって手に届くところにある。
 ちなみに、ぼくの本も配本されることがある。そんなときは、あまっちょろい本を許さない店主のきびしい選考をクリアしたんだと、少しほっとする。 (児童書作家)
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ゆめやとしてはまったく、ありがたいお言葉です。宣伝力のない零細書店にとって、こういう言葉はなにより貴重な応援であると感じます。支援してくださる方がいるということは、おろそかに商売はできないということ。嘘やごまかしが多い時代ですが、そういう波に負けず頑張りたいと思いました。

本とともに過ごしてきて

 群馬県北群馬郡 大石さん Sさん(中1) Kくん(小4)
 長女(純可)が、ゆめやさんより修了書をいただきました。今までに貰った賞状の中で一番うれしく、輝かしい修了証です。ひとつの区切りとして、投稿させてください。
 職場のK先生の紹介で配本をはじめました。当時は自転車通勤をしていたので、毎月、自転車であの長い坂道を登りながら本を受け取りに行きました。昨日のことのようです。本を受け取るというより、子どものこと、仕事のことなど、相談させていただき、お二人に会いに行くのが楽しみでした。私自身が、貴重な時間を過ごさせていただきました。いろいろ相談に乗ってもいただきありがとうございます。
 絵本を通じて、こどもと最良の時間を過ごす経験ができました。幼児期は、こどもと一緒に絵本をみることで、親の気持も満たされました。育児におけるサブカルチャーの影響にも注意しました。小学生になると、子どもから、読み聞かせをしてもらえるようにもなりました。時折、こどもに本を読んでもらいながら、仕事の疲れを癒やしてもらい、先に自分のほうが寝付いてしまいます。(本当に贅沢な時間です)
 転勤で長女が小学生になる時期に、山梨から群馬に引っ越しました。誰も知り合いのいない土地で、本当に不安でした。そんな時、心の支えであり、子どもと親とのつながりにゆめやさんからの絵本がありました。読み聞かせを通じて、家族4人で過ごしていくという強い決意がありました。引っ越しぐらいで、大げさかも知れませんが、読み聞かせを通じて家族がつながっているという安心感がありました。
 その娘も、4月から中学生です。ゆめやさんから、沢山の本を頂き、過ごすことができました。本を読むことが、生活の一部となっています。これは本当にすばらしいことだと感じています。娘に、素敵な本との出会いを与えてくださり感謝します。本当に有難うございます。これからも、お体ご自愛し、お過ごしください。

《ゆめやより》

お忙しいお仕事の最中に寄稿をしていただきありがたく思います。
 長い道を自転車で毎月登ってきていただいたことはよく覚えています。汗もかかず、平気な感じで。あれは私が肺炎球菌肺炎でなんと1ケ月半も入院していた前後のことでしたね。ブッククラブニュースできついことを書くので、その腹いせかどうか(笑)、会員の黒澤先生は叱咤激励(叱咤のほうが多い・笑)の治療でした。大石さんが病室に来てくれて地獄に仏。やはり知っている方は安心ですからね。三途の川の渡りかけを引き戻してもらいました。人のつながりの大切さを実感です。
 またお嬢さんからのおたよりは、やはり本をたくさん読んだ後の考えがはっきり感じられました。これからも、そういう読書をしていってくださいね。長い道といえば大人になる前に右の「長い道」も読んでください。芥川賞作家・柏原兵三の力作です。この小説の舞台は坂道ではなく登下校の道ですが、イジメの変遷を日本の国の流れと並行して描いています。 日本独特のイジメ問題を解決する力は「最初の質問」の意味が読み取れた人かもしれませんね。

「病」つながりのエピソード

 「Dr.Sawadaの?通信」を書いていただいている澤田先生(産婦人科・小児科医)は三重県津市の方ですが、ゆめやとは奇遇といえば奇遇のつながりです。
 話せば長いことですが、じつは私の次女が3歳のとき「奇形腫(テラトーマ)」という病にかかりました。十万人に一人という奇病。卵巣に腫瘍ができて、水玉風船のような腫が膨れてきておなかが大きくなり、その中に歯とか毛とか皮膚のようなものが育ってくるのです。心臓や脳はできないので妊娠ではなく病気です。三歳ですからね。妊娠ではなく病気。これを発見してくれたお医者さまが同じ町内の土橋静雄先生(小児科)で、上記の国立甲府病院で手術となりました。
 この話を澤田先生にすると、その土橋先生が「東大の小児科の医局の同僚だった!」と言われました。私と澤田先生とは病気とのかかわりはなく(なにしろ昔の東大医学部の方は博覧強記ですから)文学から社会学までもいろいろ教えてくださります。はじめは読んだ本の推薦などからの交流で、医学とは無縁でしたが、経歴からでもつながることがあるのかとびっくり。
 次女は卵巣を一つ除去して「子どもはできないかも!」と言われましたが、30数年後、なんと3人姉妹をつぎつぎと産みました。それにしても、知らないうちに遠くの人とつながっていることがあるんですねぇ!びっくりぽん。 

Dr.Sawadaの🍓通信

Ⅱ発達編−① 育児はいつから始まる?

 そう聞かれたら、小児科医の私は結婚前からと答えるしかありません。これから結婚し、健康な子どもを産み育てたいと思われるなら、まず、健康な身体であることを意識していただきたいです。 結婚されたら(妊娠前から)育児にマイナスと思われる環境を減らす努力を重ねてください。最近は動物を家庭でペットとして飼うことが流行していますが、ペットから母体や胎児に感染する病気は少なくありません。胎児に感染する人やペット動物の病原体による感染症をまとめて、TORCH 症候群と名付けられています。興味があれば、ネットで「トーチ症候群」と検索してください。 妊娠したと気付かれたら、なるべく早期から胎児のために、母体の健康維持に気を配ってください。胎児の内臓、外表の器官は妊娠 2-10 週間の間にほとんど作られますから。健康な母子なら、母体の運動や日常生活に気を付けてください。胎児は、母の血液中の神経伝達物質やホルモンを胎盤経由で受け取って自然に成長しています。

Z世代に期待する!!

 Z世代とは、1990年代中ごろから2010年代前半に生まれ、2023年現在では中学生から20代後半の若者たちだ。年代的にはかなり幅広いが人口的にはあまり多くない。この名がついたのは、Y世代(ミレニアム世代)に続くことから米国など各国で「Z」の名を付けて呼ばれるようになってかららしい。まあ、早い話「若者」である。
 彼等は当然のことながら、生まれたときからパソコンやスマホがあり、高速インターネットが整備された環境で育ってきている。指先チョチョンで、ネットを使いこなす。そのため、友人とのコミュニケーションや買い物、勉強などあらゆるものがネット(スマホ)中心で、複数のアカウントを持ってSNSを使いこなす。こういうデジタルネーティブの若者たちを、われわれジジイ世代は「Z世代」と呼ぶわけである。

一筋縄ではうまくいかないからこそ

 頭の回転が素早い若者への妬(ねた)みでもあり、老人の冷や水でもある言葉で「今どきの若いものは……」という昔ながらの若者蔑視の視線がジジイの視線となっている。私は個人経営なのでZ世代はたまにWiFiの誘いで店に入ってきてションベンしていく(ションベンとは見て回って何も買わずに出ていく客の行動を意味する商業用語)だから関わりはない。
 だから、コミュニケーションも取れない無作法な若者としか見ていないが、組織内の上司や先輩にとっては、仕事仲間なのだからそれでは困るだろう。
 だが、そこでもZ世代の若手社員は未熟で非常識、不可解な存在であることに違いはない。「そんな若手も仕事や人間関係にもまれていくうちに知識やスキルが身に付き、組織の文化に染まっていく、」と上司、先輩は思っているだろうが、それは中高年の過信、あるいは過去の自分たちの姿の投影にすぎないのだ。
 Z世代は、社会人としての行動や礼儀、仕事上のスキル、立ち居振る舞いができるようになる前に辞めてしまうのだから、これはもう企業論理では話にならないのである。この傾向がはっきりしてきているので、「訓練すればどうにかなる」などと思ってはいけないのに、ばかな管理職はなんとかしようとする。
 近年の統計では入社3年以内に大卒の約3割、高卒の約4割が退職するのである。教えて、なじませて、うまく接してやれば、組織についてくると思っている上司は、ほぼ何もわかっていない無能だとしか言いようがないだろう。どんどん辞めていく流れ・・・この「Z世代」と呼ばれる彼らの精神構造がわからない(わかる必要もないが)と、その流れは止められない。

時代の流れ器用に乗っているだけ

 だいたい、Z世代に「これはこうだ! こうするべきだ!」という考えも主義主張もないのだから修正しようがないのである。たしかにデジタル・ネイティブだから器用に生きているようには見える。
 この器用さはネットを使いこなして生活しているというだけではない。上司、先輩、あるいは老人たちが生んだ社会的格差が大きくなり低賃金の非正規雇用が多い時代をしっかりとアルバイトや日常生活で知っているから、経済的には保守的なのだ。つまり一般的には客にならない。無駄遣いをしないから本など買わない。堅実な金銭感覚に見えるケチくささを発揮して、見栄を張ることはしないから、コスパ・タイパ重視でしかないわけだ。家や車などの所有欲があまりなく、貰うか拾うか(最近では盗むかまでやる)シェアするか・・・を選んでいる。所有概念がないので、本質的に市場社会の消費者にはなりにくいわけだ。

企業側でもわかってきた

 だが、サブカル・デジタルはお家芸なので音楽や動画の配信、飲食など自分の気に入ったものには平気で金を使う。それも、いかに安い方で消費するかについては鋭敏で、最低限の支払いの学習は気持ちが悪くなるほどしている。当然、女性に貢ぐなどもったいない話なので、付き合っても割り勘、結婚など巨大な無駄と考えているのがZ世代だ。
 私の知人にある中堅企業で総務部をやっている男がいる。その話では「黙ってはいますけどね。Z世代社員のほとんどが、スマホの転職サイトに登録しているんです」と人事担当から聴いた話を教えてくれた。
 「みんな就活で悪戦苦闘して入ったはずなのに、その会社に愛着もなく条件の良い転職先があればさっさと辞めていくんですよ。」という話、つまり初めから愛社精神も、仕事への思いもないわけだ。給料とか居心地とかを考えながら隣の芝生はきれいだ、くらいに考えているのだろう。この傾向は堅実・待遇のよさを誇るお役所の幹部からも聞く。
 かれらZ世代は、失敗しても困らない。やり直しは何回でも可能と言うのがネットから身に着けた習慣である。
 しかし、現実はそうではない。企業内ではさまざまな現実がある。賃金に不満、労働時間が長すぎる、プライベートな時間が持てない、職場内の人間関係がうまくいかない、職場環境が合わない、将来性に希望が持てないなど現実はさまざまで、そんなことならやり直したいとなるというわけ。これを、ジジイたちは「我慢が足りない」というわけだ。
 でもね。デジタル経済で動いている現代の企業は、高度成長期の社員に手厚かった企業とは真逆の銭金儲けの合理主義に突き進んでいる。中年世代はデジタル・ネイティブではないから妙に頑張ってしまうが、それが健康や命との引き換えのお金ではさびしい。その点はZ世代はよくわかっているのだろう。だから、すぐ辞める。

この20年間・Z世代誕生の背景

 「新規学卒就職者の離職状況(毎年調査発表)」によると、入社して3年以内に退職する人は大卒で約3割、高卒で約4割という状況がこの20年ずっと続いている。早期退職が多い業界の上位には宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽、教育・学習支援、医療・福祉、小売りなどが名を連ねる。宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽・小売りが退職や再就職が多いのは昔からだが、教育・学習支援、医療・福祉などですぐやめるという傾向はなぜ起きているのだろう。思うに子どものころから、労働体験がなく、なんでもかんでも夢と希望の対象、好き嫌いで選ぶ習性がついていれば堪え性がなくなるのは自然なことで、さらに仕事そのものへの関心度やこだわりが薄いのも離職に拍車をかけるのだろう。その背景には、ネットに刷り込まれた習性が働いているということである。
 企業の方は成果主義、合理主義で動いているから、当然、我慢が効かない世代はすぐに転職だ。もはや、経済的に満たされた幼少年時代を送った人材をうまく、長く使いこなすことなど不可能なのである。「多様性を大事にしようという思い」と「均質で合理的な経営をしたいという思い」はバッチングするのは当然のことだ。

なにしろZ世代は・・・・、

 Z世代は、まともな本を読まない世代だ。浮かんでは消えて行く情報の泡を食べて、あまりにも早く変化する世の中の流れにロクに物を考えずに乗っていくだけの世代である。しいて主義があると言えば「アナーキズム」だろう。そんなものはないに等しい主義である。
 何にも思いを入れず、風の吹くまま気の向くまま。これは、なにごとも作りえず、いずれ自滅、自壊する。その自滅・自壊が大きなエネルギーになって、閉塞した現代を打ち壊してくれると思っているのが私である。どうしようもなく腐った時代を打ち破ってくれるのは、正義でも改革のイデオロギーでもない。
 これまでのことを考えても見よう。時代が真っ当な主義や思想で変わったことなどあっただろうか。共産主義革命はすぐに全体主義になり、国家社会主義は独裁を生み出した。自由主義はまたもや「パンとサーカス」しか求めない精神の腐敗に陥ってしまった。
 これまでの歴史を見ると、そういう時代を変えたのは、現実にうまく対応することしか考えないアナーキーな浮ついた層なのだ。安定した江戸時代をつくったのは、食えなくなった層が子どもを捨てて、その子どもは活きるために集団で悪事を働く「悪党」になり、律令や式目を無視して広がっていった虚無的な社会の出現である。それが何でもありの戦国時代を産み、新たな安定社会をつくる動きになっていったわけである。

いずれ精神病的な行動にも

 じつは、この動きは初めはZ世代的意味を持って動いているが、現実にぶつかるとわがままな狂気に変化する。犯罪はその究極のモラル崩壊だが、それ以前でも、生活の中で寛容さが失われ、どんどん勝手な主張をしはじめる。それはかつて相互の配慮で構成されていた社会では起きなかったことだが、自我が膨張し、権利を主張し始めるから始末が悪い。
 相手のミスを追及する問題も起これば、自分の勝手を主張する問題も起こる。いかにネット社会体験が人からモラルを奪うかという現象が起きてくるわけだ。
 人の迷惑顧みず、ひたすら勝手な自己実現ではトラブルは警察や裁判所では始末しきれないほど起こるだろう。このれは、じつは70歳代の老人からもう始まっているのである。かれらは史上最初に「自由(いずれ勝手と化す)」を手に入れた世代だ。彼等の子どもはモラルも教えられず、裕福な生活の中で勝手を膨らませていく。限度を越えればもはや、相手に文句を言うか、自己弁護に走るか、究極は狂気に行ってしまうだろう。こういう連中はいつの時代の終わりにも出現した。

がんばれZ世代!!

 幕末(慶應四年)にはアナーキーもいいところの「えじゃないか」運動が起きた。まさにハロウィンやロックコンサートでデタラメと狂気を発揮している世代と同じではないか。この「厭世気分がムーブメントになるという一種の破綻現象」に尊王攘夷論者が乗った。
 教科書では尊王攘夷思想が明治維新をつくったなどと書いてあるものもあるが、あんなものは思想でも何でもない。その証拠にすぐ天皇を利用して開国という真逆なほうに変える節操のなさがあったろう。いわば現代のなんでもありの青年実業家や企業気運と同じで節操はないのである。そんな動きから出来たのが明治維新なのだ。時代サーフィンをした人斬り世代が明治をつくったのだから、それは無責任な国になるだろう。「えじゃないか」という虚無的な無政府主義が生んだでたらめに乗っかって時代を壊しただけなのである。

細心の注意で避ければ希望が・・・

 Z世代は、「悪党」や「えじゃないか」と共通した節操のなさを持っている。つまり悪い意味でこの時代を壊してくれるというわけだ。当然、治安も悪くなるだろう。いやコロナ後にもはや顕著だ。
 われわれは、その被害に遭わぬよう細心の注意で狂気とデタラメを避けていく子育てや生活をしなければならない。
 子どもはその次の時代を生きなければならないのだから、時代を壊してくれるZ世代を横目に見ながら、別の力をつけてZ世代を倒し、駆逐し、新しい人にならねばならない。間違ってもスマホで何でもできる・・・楽だ、便利だ!という子ども(大人)にしてはいけない。それではZ世代へのただの仲間入りにすぎない。跡継ぎになるだけだ。
 Zはなにしろ最後なのだ。アルファベットもこれで終わり。育てた子どもは新しく始まるa世代にしたいものである。 だから、Z世代よ! 早くその「なにもなさ」で時代を壊せ! 金や物を刹那的に追い求めろ! 急速に移り変わる流行に乗れ。そして浮かんでは消えるあわになってほしい。そうすれば早く時代が腐って行って底抜けになる。政治は腐りきって崩れるのを待っている状態だ。もう一押しだ。Z世代の優しさという破壊力となんでもありの狂気が、すぐにとどめ時代にを刺すだろう。
 「何せうぞ くすんで 一期は夢よ たゞ狂へ この世は夢よ、いざ狂え(閑吟集)」 これは悪党が出現し、跋扈した時代の言葉である。
 (ニュース一部閲覧)



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