ブッククラブニュース
令和4年
7月号(発達年齢ブッククラブ)

2022年9月の予定

8・9月の休業日は日曜・月曜、祝祭日です。お盆休みを8月14〜16日までいただきます。
 9月は恒例の秋休み(棚卸)で9月18,19、20日を休業させていただきます。  ※9月30日までは夏時間の午前10時30分〜午後6時30分
 受け取りの方で午後6時30分以降に来てしまった方は電話かピンポンで呼び出してください。店を開けます・・・・。
 【コロナ対応について】
 8月はひじょうに感染者が増え始めましたが、たいしたことのない風邪状態なのですが、念のためマスクは着用してください。軽症・無発症が多く、弱毒化は進んでいます。ワクチンの成果ではなくウイルス自体が終息に向かっているのだと思います。今回は7波ですから終息は今年いっぱいではないでしょうか。お子様のマスクはまったく強制しません。定期的に換気はしますが、蒸し暑くなってきていますのでクーラーもかけます。暑いので飲み物はサービスしていますが、込み合ってきたらお出しできないことも・・・・。
発送会員の方に
 郵便振替の際に ATM でお支払いをお願いしていますが、手数料こちら持ちにも かかわらず、日本郵便は振り替え手数料を取ります。ちょっとひどい。で、手数料軽減 の方法として「ゆうちょ銀行」の口座をお持ちの方は、ゆうちょ銀行から振替口座「絵本 専門店ゆめや」00400-6-7649 に直接振り替えると手数料が軽減されます。通信 はできませんが、ご連絡やお便りはメールでもかまいません。この方法も試してみてください。
 ゆめや店主 8月10日

残暑お見舞い申し上げます

 今年の夏も甲府は暑いです。耐えがたい暑さが続いてます。6月の終わりに梅雨が明け、猛暑になった甲府。38度、39度・・・8月3日は39・8度! ヒートアイランド現象で40度を越す日も出てくるかも。ここまで連日続くと理解とか理屈とかを越える暑さです。脳が危険を感じています。一日に3回もシャワーを浴び、かき氷器を買って日に2回は食べてます。
 買いものに行った道すがら4台の救急車に出会いました。30分くらいの道のりで・・・・。コロナの救急搬送かもしれませんが、熱中症かもしれず、まずは水分をこまめに補給して倒れないようにしましょう。
 個人的には朝寝坊のほうですが、これだけ厚いと遅くに寝ても暑さで目が覚めてしまいます。我が家はクーラーは店だけで生活空間にはありませんので、熱帯夜は寝苦しいです。でも、まあ暑い時は暑さを感じていることは大切で、暑い時は暑い、寒い時は寒いという感覚は敏感にして維持していたいものだと思っています。

感じ取る

 暑さ(寒さも)・・・! これを感じることは何よりも重要なヒトの持つ機能ですよね。理屈でわかるという悠長なことを言っていたら事件事故は避けられない。暑さ寒さだけでなく一瞬の感じで、何かを反射的に知ることは危険を回避する大切な能力です。
 昔は、天候を見て早く稲刈りを!とか、雲の形で地震が起きそうだとか、あるいは変な暑さが害虫を発生させるなどを見抜くお百姓さんがいましたが、いまはみんな鈍感に・・・・。疫病のあとは飢饉と戦争が来るというのは歴史の常識ですが、その前に世の中には治安の悪さが目立ち始めるものです。これに敏感にならないと事件事故を回避できません。
 誰かが教えてくれる、スマホが知らせてくれる・・・。でも、みんなが同じ方向に向いて大丈夫なんてことは少ないです。
 子育ても同じで、「これをやったらマズい!」ということすらわからなくなっている、まわりがやっているから大丈夫という安心感でしょうか。なにごとも結果が出てからでは遅いのですが、安全に慣れてしまったんでしょうね。こういうのは破局に直面するとパニックになるか、固まってしまうこともあり、柔軟な対応や行動が取れなくなります。
 怖いことや嫌なことがあると精神的にやられてしまう人が多くなっているのも、感じ取ったものを想像して処理する力が弱くなったということなのではないでしょうか。「西大寺の変」(笑)のとき、かけつけた救急隊員の多くがPTSDになったと聞いて「おい、おい・・・」と思いました。専門家が現場の危機に冷静に対処できなくてどうする?なのですが、最近は心理的に弱くなっている人が多く、耐えきれなくなって変な事件を起こしてしまう例が増えてきました。これは、現実をいろいろ体験していないからでしょうね。

読み取る?

 いろいろなことを知るときに「読み取る」といいますが、本に関して、私はあまり「読み取る」という言葉を使いません。本を読んでわかることは多いのですが、大切なことは「読み取る」のではなく「感じる」なのです。   小さいお子さんには配本しませんが、多くの子に「おおはくちょうのそら」が入ります。ここでは病気の子どもを置き去りにして飛び立たなければならない白鳥家族の悲しい話が語られます。小さい子には読ませられない物語。社会性が出てきたころの子どもに読み聞かすと、多くの子が「二度と読みたくない」と本棚の奥に入れます。
 これは子どもの察知機能(想像から)が大きく働いた結果で、テーマを一瞬で感じ取ったということでしょう。つまり「読んだ」ということです。われわれは映画を観ても絵画や音楽を鑑賞しても「読み取る」「見て取る」ではなく「感じる」ことで「わかっている」のではないでしょうか。

どういうふうにすれば感じる? 

 初期の配本に実物そっくりの絵のものが入ります。例えば「くだもの」「どうぶつのおやこ」・・・・1歳前後の子は読み聞かすと絵に触ったり、食べる動作をしますよね。これは想像力が現実を越えているわけです。
 このすごい能力を幼児は持っています。それを繰り返して、想像力を高めていき、やがて物語を自分に置き換え、周囲の現実に鋭い直感を働かせることができるようになるのだと思います。
 何かを感じる力をもともと持ち、そこから体験する気持ちが育つ。子どもに遊びが必要なのは、体験から想像力が生まれ、危険察知能力もついていくということです。バカな親は、必死になって赤ちゃんに言葉を教え込み、フラッシュカードなどで物を教えたりしますが、そんなことで「わかる力」がついたら苦労はありません。それで育った子ですぐれた才能を発揮した例も聞いたことがありませんよ。、もしできたとしても、その年齢特有の一時的な暗記力にすぎません。
 ふつうでいいのですよ。そのふつうすらわからない親も出てきていますが・・・。まあ、夏はスイカを切って、「さあどうぞ!」です。動物園へ行って「首が長いね、キリンさん」でいいと思います。
 そのうち、アイスパーティ(配本で入ります)をしたり、ウナギを食べたり、海水浴に行って熱い砂の上を歩いたり・・・・そんな体験が、やがて童話「ごんぎつね」を読み、映画「アラビアのロレンス」を観たときに、テーマを感じ取る大きな力になると思うのです。(ニュース一部閲覧)

言葉の後ろにあるもの

 暑いです!戻り梅雨で一息ついた甲府盆地が炎熱地獄のようになっていて、通りには人も歩いていない。車さえ疎(まば)ら。みなさんのところも同じでしょう。これは完全に車屋エアコンが出す排気の熱気によるヒートアイランド現象ですね。
 「暑い」という表現は、立秋までが「暑中お見舞い」、以後は「残暑お見舞い」ときちんと切り替える言葉があります。他に二十四節気などの習慣で「大暑」「小暑」「酷暑」「猛暑」という言葉も出てきます。暑さもいろいろ。
 では、英語での表現はどうなのでしょう。Hot,Heatくらいしか思い浮かばないのですが、状況に応じて、微妙な違いをいろいろに形容して表現するのでしょう。
 言葉は、文化や歴史と密接な関係があるので多様な民俗を持つ言語は多様になりますね。当然、その国の気候風土、生活の様子などから言葉は多様に発展します。
 私は専攻がドイツ語だったのですが、語学だけでなくドイツの歴史や文化や民俗のたくさんの科目が必修だったのでおどろきました。でも、考えてみればあたりまえのことです。言葉=何かの意味というのでは単純な生活メッセージでしかありません。
 「これはいくらですか?」「110円です。」、「鬼滅柄のマスクだよ!」「かわいい!!」でも生活はできますが、言語的には底の浅い、思考力不要の言葉でしかないわけです。
 最近のデジタル通信を見ていると、こういう用件の言葉がいきなり並び出し、心と心がまず接する前の準備としての陽気の話、世間話・・・・がまったくないことです。これでは、初めから喧嘩腰で言葉を交わすようなもので、そりゃあ、ホリエモンとか橋下徹、ひろゆきなどの目立ってナンボのインフルエンサーならともかく、一般ではまずいことも多いのです。
 まして我々は原始人ではなく、とりあえず文化人ですから、言葉の背後に文化があることを意識して使うべきであるとは思います。

熟語ひとつでも

 上の「炎熱地獄」という言葉は、仏教の地獄のひとつだし、「因果応報」「天罰覿面」などもそういう文化の中で生まれたものですよね。子どものころにはわからなくても大人になれば「原因を作れば、それなりの結果になる」「悪いことをすれば、すぐに天が罰してくれる」という意味が分かってくるものです。
 もっとも、私は大人になっても「天罰覿面」の「覿」が書けない(笑)のですが・・・。それでも日本語にはこういうふうに中国や朝鮮、後になっては欧米など他文化の影響から生まれる言葉も多いのです。
 「天網恢恢疎にして洩らさず」は「悪いことをして逃げ切れるように見えても、天の広げた網は抜け落ちを許さず、きちんと捕まえる」という意味です。中国の「老子」の考えが日本で定着した言葉ですが、それは知らなくとも、この言葉がいくらうまく悪事をごまかしても天は見ていて必ず「自業自得」という罰を下すということはわかります。これも大人になってわかる言葉でしょう。
 しかし、学校は「学習範囲の事項を理解して答えること」が大前提で、なかなか言葉の後ろにあるものまで教えません。これは各科目の狭い範囲の理解が一時的に必要ということで、教科書だけ勉強していたのでは、大人になって役立たないことが多くなるのもわかります。これは本を読んで多面的に描かれた視点を学ばないと理解に至らないと思うのです。

丸暗記しても後で生きるもの

 若いころ理解できなくても、とにかく覚えておくことが大切なのですが・・・。最近、大学生と話していてあまりにも物を知らない(流行のカルチャーなどはよくしっているが、多くは3年も経てば消えてしまうようなもの)ことに驚きます。知的好奇心さえ薄い感じがしてしまうのは私だけではないでしょう。やはり会話には、それなりに厚みのある知識を身に着けておきたいものだと思います。無用なものでも後ろに歴史や文化があるものは覚えておくことなのです。いま、わからなくてもいずれわかる・・・なにも高校時代に覚えた英語のイデオムや漢文の詩がすぐ20歳代で背景まで理解しろ!とは言いません。長い時間をかけてわかって行けばいいのです。そのプロセスで他分野のものと混じりさらに大きな教養につながるでしょうから・・・・。
 丸暗記したときに意味不明でも大人になればわかるものの代表は百人一首で、これも言葉のうしろに文化や歴史がある典型ですよね。江戸時代の庶民は意味が分からなかったと思いますが、落語や講談という手法でおもしろおかしく学ぶ方法もあったのです。「千早振る」「崇徳院」などはいい例ですね。
 高校の時、「源氏物語」や「平家物語」、「長恨歌」や「方丈記」の冒頭を丸暗記させられました。若いころの暗記は、いまでも覚えていますが、当時は、こんなわけのわからない暗記が何の役に立つのだろうと思ったことが2度や3度ではありません。
 ところが、しだいに意味やテーマがわかるようになります。「いくら力があって栄えても必ず衰退するものだ」、「人間は、まったくしようもないことをする」・・・これは、他の本で引用されたり、解説されたりしたものを読んだからです。

先月号で

 「プーチンがトルストイやドストエフスキーを読んでいたらこんな戦争はしなかったのに」と書きましたが、これはわが国でも当てはまることです。
 政治家が「平家物語」と「方丈記」の2冊を読んでいれば、かなり政策が変わるはずなのです。欲を掻いて権勢を誇ってもすぐに倒されることがわかります。「古典の読みは大切」とつくづく思うのですが、言葉のうしろで歴史・文化を感じ取る読書法を教えない学校を学歴を得るためにだけ出て、内容の背後がわからなかったら欲に走る人が多くなるかもしれません。
 「西大寺の変」に倒れた元首相も「平家物語」くらい読んでいれば、森友や加計学園問題を切り抜けても「奢れる者は久しからず」ということがわかり、桜を見る会も「ただ春の夜の夢のごとし」であることがわかったでしょう。まずは字が読めて物語がわかる頭を持たないと欲だけで、古典が戒める行為にたやすく走り、悲劇的な結末に至ってしまう・・・・のは悲しいものがあります。
 頭がスッカラカンの人々は、自分の考えがありませんから、他人の扇動や新興宗教の教義やイデオロギーにかぶれて、危うい行動に走ります。
 ちょっとメンタルがやられると自己啓発セミナーやスピリチュアルへ傾倒する人が出てきます。いまや全盛。そんなところで語られる言葉は、人の頭を冷やすことなど、まるでなく、騙して一儲けしようとするものばかりです。危ない、危ない! それが宗教や政治の世界に広がれば、自分の考えや批判力のない人は扇動されて、ドドーっと言うなりになってしまうのです。戦前の国家神道に煽られて戦争に入っていったようにね。万世一系とか現人神なんて古代では通用しても、現代で通用するわけもないのに扇動されたのは、ひとえに批判力を分析力を持たなかったからなのでしょう。
 大学の授業でヒトラーの「我が闘争」を読んだのですが、なんで頭がいいはずのドイツ人があんな言葉に騙されて戦争をしたのか不思議でした。
 でも「あの当時のドイツの民衆の多くが古典など読まず、自分の耳に都合の良い言葉だけを聞くようになってしまったからだ」と教授が教えてくれました。現代のSNSの世界もそういう感じがします。つまらんインフルエンサーの言説に騙されず、自分の頭を読書で作り、それで人生を渡っていく人間に子どもたちにはなってもらいたいです。(新聞一部閲覧)



(2022年8月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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