ブッククラブニュース
令和4年
4月号(発達年齢ブッククラブ)

2022年5月の予定

休業日は日曜・月曜、祝祭日、5月は臨時休業はありません
 GWはカレンダー通り休業し、営業は6日からです。
 ※9月30日までは夏時間の午前10時30分〜午後6時30分
 受け取りの方で午後6時30分以降に来てしまった方は電話で呼び出してください。店を開けます・・・・。
 【コロナ対応について】
 2月からオミクロン株が急速に広がりました。軽症・無発症が多く、弱毒化は進んでいるようです。まだ4月中旬でも山梨は3桁台で推移してます。ワクチンの成果ではなくウイルス自体が終息に向かっているのだと思います。人を殺しつくしたら自分も生きられないので、弱くなって多くの人にかかり、自分を残そうとしているのではないでしょうか。スペイン風邪もそうで、いまだにその名残がインフルエンザとして残っていますからね。  でも、風邪と同じでひかないのに越したことはありません。とりあえずご来店の際は、今まで通りの対応をしていきます。
 ①お子様のマスクは強制しません。
 ②さすがに2年続くとマスクでお顔が判別できないので、お名前をどうぞ。
 ③事前にご連絡いただけば、2〜3ケ月分は用意できます。
 ④恐れ入りますが、混雑したらぜひ新しいお客様に席をお譲りください。
 ⑤土曜日は当分、飲み物サービスは中止いたします。
 ⑥次の来客があったら、恐縮ですが入れ替わってください。
発送切り替えも可
 発送も可能です。その際は県外会員と同じく3ケ月一括発送になります。
 ご利用ください。発送のご相談は メールでも受けつけます。
 お振り替えは郵便ATMか銀行振込のどちらかをご利用ください。
 ご理解のうえご協力ください。ゆめや店主 4月10日

桜咲いたら入園ですね

 甲府では今年も早々と桜が咲きましたが、咲いてから肌寒い日がずっと続き、四月に入っても満開のままで、なかなか散りませんでした。温暖化で早咲きになってはいるものの、自然は生真面目なもので、なとか元のリズムに戻そうと人間の消費活動に抵抗してしているようです。
 甲府では入園式が桜の舞い散る中で行われていて、あらためて「桜と出立の風物詩としてピッタリだな」と思いました。いつもなら、信玄公まつりの戦国絵巻の中でにぎやかな街になり、落花狼藉の今年も信玄公まつりは行われず、コロナ禍や少子化もあり、入園式の日も意外に町は静かでした。
 0歳児保育もあれば長時間保育もある、いつから、どこからでも入れる、物事が多様化してくるとメリハリがなくなるものですから、人の気持ちも新鮮さを失うでしょう。お花見で桜を見物して「愛でる」「楽しむ」のではなく、ひたすら写真を撮ってインスタグラムに載せたり、ブログに載せたり、本来の楽しみから自己表現の手段になっている花見では悲しいですが。
 でも時代が変われば人もどんどん変わっていくわけで、風潮に迎合するしか能のない人々は多いですから、それはそれでしかたないでしょう。ただ世の中の変化が大きいと文字通り「大変」なことになりますね。
 どうしたら巻き込まれない人間になり、まともな成長ができるか、その一つの節目が入園式。まずは、心よりお祝い申し上げます。

どんどん変わる・・・

 三十年前のゆめやのニュースを開くと、「入園では多くの子ども、知らない大人に接して子どもに不安や緊張が出るので心理的なプレッシャーのない家庭で、その変化をサポートしよう」とありました。
 でも、現在は子どもの多くがこども園などで乳児のころから外部保育を体験してます。頻繁に一時預かりを経験した子、0歳から園で持ち上がってきた子もたくさんいますから、プレッシャーなど感じず、不安や緊張はないでしょう。いまや、そんな心配は古臭くなったというわけです。逆に、異様にしたたかになったり、鈍感になっている子どもたちと付き合うむずかしさを克服することが大切になってきます。保育の専門者でないパートタイマーのような保育者も多くなっているでしょう。うまく付き合うにも多様な対応も大切になってきます。昔のように一様には行きません。
 時代が変われば状況もどんどん変わっていくわけで、変化しないと生きられないのが、この社会。ゆめやは頑固で、考えも言うことも古いままですが、みなさんは、この急速に変る世の中を乗り越えてもらいたいです。なんと言っても次の、また次の次の時代をうまく生きる子どもを育てないといけません。親子ともどもがんばってほしいのです。古臭いゆめやは、成長の軸になるような、内容がすぐれた本をガンコに選ぶことでお手伝いしていきます。

入学おめでとうございます

 寒い冬のおかげで今年も桜が早く入学式では散り始め、桜吹雪の中を新入生が歩いているのを見かけました・・・年々、子どもの数が減り、コロナなどでの行事縮小を聞くとを聞くと困ったことだと思っています。
 子どもが減って、そのぶん手厚い育てができるようになればいいのですが、逆になっているような気がしてます。
 十年ほど前は、ゆめやの前を真新しいランドセルの一年生が毎朝ににぎやかな声を上げて通っていたものですが、最近はめっきり。にぎやかな話声も聞こえません。少子化ですね。私は店で会員のお子さんと遊べますが、子どもの数がどこでも減っているのは感じます。これは、若いみなさんの方がもっと感じていることでしょう。でも、新入学! 新一年生は期待に胸をふくらませています。大人は、きちんとサポートせねば!!です。 まずは入学、おめでとうございます。

時代は変わる

 さて、小学生の読書はどうなるか。デジタル化で、読書も時代遅れになるのでしょうか。学校で人気なものはスポーツやダンス、読書はますます後退していくのではないでしょうか。最近、学校での積極的な読書活動の報道を聞きません。そのうち学校でも図書館でも読書といえばタブレットを広げて、スーッ、スーッと指を這わせる・・・そんな時代になるのでしょうか。ま、かんたんに言えば、「世の中が変わる」ということでしょう。新入学の子どもたちも、見守る大人たちも激変。
 まず、最大の問題は、国語授業が変化していくということです。論理国語という教科名だけはたいそうな国語に変わるのですが、早い話、マニュアルとか伝票が読めればいいという識字率を上げるだけの実用国語ということでしょう。
 いろいろ深いテーマの文学や思想に触れてもらっては困る、言うことを聞かなくなるから。下手な思想にかぶれて権力批判が起きては困る。反抗するから・・・そういう背景があるような気がします。
 少子化の影響か、そういう国語政策の反映なのかわかりませんが、私の周囲でも国語の教師で職を失う人がチラホラ出てきています。
 後半で小川未明の「野ばら」の再紹介をしますが、反戦文学が教科書に採用されているのは、残虐なシーンがないお花畑もの、あるいは悲惨な戦争も上手に残酷な部分をカットしたお花畑状態の描写で反戦のインパクトはありません。「一つの花」「かあさんの木」・・・戦争自体が描かれないのがミソです。「ガラスのうさぎ」や「野火」など絶対に採用されないでしょう。残酷表現が問題視されるという弁解があるでしょうが、戦争が残酷でないという理解となると、その方が問題といえるでしょう。このように意図的に骨抜きが行われると、しだいに、考える人が少なくなり、その人たちの頭がそれこそ「お花畑」になっていくのでしょう。

紙の本はなくなる?

 昨年、日本全国の書店数8700ちょっと。十年前の半分、すごい勢いで書店は消えました。二十年前は2万軒以上ありました。数年前から毎日一軒減っていく。ただでさえ危機の児童書専門店など、まさに風前の灯です。
 ゆめやは皆様のお蔭で何とか42年を乗り切ることができますが、この次の十年はむずかしいかなぁとも思っています。まともな本の絶版が相次ぎますから、質を維持できるかどうか・・・。
 例えば甲府の例を出しますと、20年前は30数店舗あった書店が17店舗になっています。この中にはスーパーに出店しているチェーン店もあれば、Book-Offのような古書店もあるので実質、書店として営業しているのは13店舗ちょっとだと思います。その生き残っている書店のゆめや以外は教科書販売、地域の学校図書館への納品などで生き延びているわけで、客の確保で生き残っているところは甲府では1,2店舗だと思います。
 少子化の時代、映像媒体全盛の時代・・・子どもたちが、どのようなものを選び、どのような物に囲まれるか・・・
 大手の児童書出版社が売れないので困って書籍をネット配信する時代です。これでは書店はやっていかれないでしょう。ゆめやは本のネット通販とは違って売るのにけっこうの経費と手間をかけています。お客さまとの交流もしてますが、そのお客様が世の中の流れに応じてなんとなく変質してきているのも感じます。多くの若い親は平気でyotubeの読み聞かせで育てるでしょう。それならいいほうで、読み聞かせ自体をまったくしない親も出てきます。国民の80%は文学作品を教科書の抜粋でしか読んでいないという統計も出ていますから、そういう親は当然、考えもなしにゲームをさせ、過激なyoutube映像を見せるでしょう。
 昨日、甲府の放火殺人(LINEをブロックされ少女の両親を惨殺・放火)少年が実名で報道されました。ここまで行かなくてもゲーム、アニメ、バーチャルリエリティ映像で精神をやられる子は、すでに出ており、これからもどんどん出るでしょう。ゆめやは、時代遅れは承知ですが、サブカルチャー批判、リアルな体験の推奨のやり方は変えないできました。これからも、やれる限りはふんばって、子どもたちにすぐれた本を薦めてみたいと思います。中には紙の本を読む「おかしな子」も出てくるでしょう(笑)。紙は神に通じ、デジタルはデビルに通じる(笑)。これまで通り、精一杯やりますので、今年度もご支援とご協力をお願い申し上げます。(ニュース一部閲覧)

本はすごい力を持っている(?)と思う

 個人的には次の十年はダメになると思っています。だから、「次の次の時代」のことを考え始めています。新しく入学する子もふくめて「次の次の時代」に向けて人とは違う想像力と実行力をつけてもらいたいと思います。そして大人は危機察知力で子どもを守る!その意味ですぐれた本は底力を持っています!!「その理由は何か?」
 良い本は良い人間関係も作り。良い人間関係は、人生ではとても大切なものとなります。
 これは多くの人が納得するは。家庭で毎日の読み聞かせを五年も続けてきた方には言わなくてもきっとわかるでしょう。親と子がつながる楽しい時間です。もっと子どもが大きくなっているご家庭は、この時間が親子の「関係」を深めたことを実感しているでしょう。
 やがて世の中に出ていけば、人は価値観や教養でつながります。昔から人生の大部分で本の威力は大きいと思ってきました。劣悪な本もありますけどね。人は自分の意見や考えがオリジナルなものだと考えがちですが、じつは過去の本に書かれたことを繰り返したり、真似したりして考え作っているわけです。もちろん、その時々の情報で考えることもありますが、TV、漫画、インターネットなどで考えはつくれません。良い本と出会って読んで行くということは、「振り返れる自分をつくる」ということでもあります。現代の日本・・・本も字も読めないような政治家たちが、過去の過ちを振り返ることなく、イケイケドンドンです。これでは早晩、制度は破綻するでしょうが、そこを切り抜けるのは思考力と行動力です。それを会員のお子さんには付けてもらいたいです。

マイペースで本を読んでいこう・・・

 だから子どもが良い本を読むことは大事です。読書はエネルギーが要りますが、慣れればこれほど楽しいものはありません。その第一歩が六歳か七歳。読書は楽しくしたいものです。配本では、表紙にある「いちねんせい」から多くの会員の「読書」が始まります。ここから高度な本に進んでいく・・・本は頭を作る唯一無比の道具です。忙しいでしょうが、家庭でもじょじょに読む環境を整えてください。入学したあとで、学校図書館の本揃えや読書指導のヒドさにおどろくかもしれませんが、あわてず騒がず、良い読書へ入ってもらいたいものです。慌てずじっくり読んでいく。読み聞かせで充分に下地はできています。脳内汚染の原因になるものが満ち溢れてはいるけれど、そんなものに目をとらわれず「考え」のもとになる読書へ進んでほしいと思います。

「野ばら」

 今月は『野ばら』(小川未明)について書こうと思う。この童話は、かつて小6の教科書で採用されていた。年配のお父さんお母さんの中には学んだ人がいるかもしれない。未明が第一次大戦の悲惨さを嘆いて書いたといわれる作品だが、現在、教科書にはない。いまウクライナで長引きそうな戦争が行われている。
 この「野ばら」の話はウクライナの国境線突破を連想させます。話は、こういうもの。
 隣り合っている二つの国。一つの国は大きく、もう一つは少し小さい。兵士が一人ずつ国境の石碑を守っている。大きな国の兵士は老人、小さな国の兵士は青年。二人は国境警備兵だ。なんだかウクライナとロシアの国境を思わせる。
 やがて、二つの国は戦争を始め、二人は敵同士に・・・。老人は「私の首を持って行けば、あなたは出世できる。」と青年に言うが、青年は「どうして私とあなたが敵でしょう。戦争は北のほうです。そこへ行って戦います。」と去って行く。
 しばらくして、老人は旅人から「小さな国が負けてその国の兵士は皆殺しになった」と聞く。その後で老人が見た夢。一列の軍隊が歩いて来て、指揮するのは馬に乗ったあの青年。青年は老人に黙礼をして、咲いているバラの花の匂いを嗅いで去って行く。それから一か月もすると、国境に咲いていた野ばらは枯れてしまった、という悲しい結末だ。 戦争に良い悪いはないわけで、戦うどちらもまだ未熟な国ということでしょう。

仁科館長の思い

 この未明の作品については、2016年5月、大月市立図書館の仁科幸子館長の肝いりで話をさせてもらったことがある。館長の講演会企画の文はこうだった。
 「・・・・浜田廣介、村岡花子、小川未明など、名だたる作家たちが児童文芸家協会を設立した。
 初代理事長・浜田広介が児童文芸に込めた魂が、現代に受け継がれて、優しさ、思いやり、勇気・・・。豊かな感性を育む作品を子どもたちの心に届ける存在であり続けたいと願って、協会は現在も活動を続けている。私も、名だたる先輩たちの前で小さくなる思いだが、『浜田広介童話賞』をいただいたご縁で、この協会の会員でもある。
 そこで、作家の山本省三さん、甲府の絵本専門店のゆめやさんをお招きして、話を聞く講演会を催したい。山本さんには、この協会の歴史と、ご自分の作品のおもしろ話。ゆめやさんからは、未明や広介の作品についての話や現代の児童文学との比較など、面白い内容のお話が伺えそうだ。・・・・」
 これに応える形で「未明」や「広介」についての話させていただいたが、仁科館長の思いをうまく伝えることができたかどうかわからなかった。しかし、「現代の児童書作家たちには失われつつある『人に伝えなければならない』何か」だけは話せたのではないかと思っている。

テーマは心に残るはず

 子どもに夢と希望を与える児童文学もいいが、やはり人間の本質や不条理な世界を描くものを否定してはまずいような気がする。夢と希望だけでは生きられないこともあるからである。とくに、こんな時代では・・・Happy Endですべてが終わったら、世の中は極楽である。学校の先生は、いつも夢と希望を持てと言う。たしかに必要な心の持ちようだろう。しかし、その背後に自己責任論は存在していないだろうか。つまり挫折や失敗をしたときに夢・希望を語る人たちは「おまえの努力が足りなかったのだ」「達成する力がなかったのだ」と言うのではないだろうか。夢や希望を口にする人はひょっとすると冷たい心の持ち主ではあるまいか。そうでなければ、世間知らずの脳天気としかいいようがない。
 「野ばら」はまさに、この時代にも生きているテーマである。かつて小6の教科書で読んだ人は、ウクライナ侵攻から、この作品を思い出した人もいるはずだ。この時代、この世の中ではペンは剣より弱いかもしれないが、この意味では「人に何らかの良い心を与える力がある」はずである。

絶版・重版未定で頭が痛い!

 今年度の配本プログラムをつくっている最中に何冊も絶版・重版未定のニュースが入り、頭を悩めています。年間通じて年齢に応じた本を配本していく仕事で、頻繁に絶版で入れ替えをしていたらブッククラブ配本として致命的です。
 原因は、①コンピューターの在庫管理なので、なくなるまでギリギリ再版しない。②良い本ほど売れなくなっているので、絶版にせざるをえない。
 かつては絶版まで数年単位で、それまでは出版社に在庫がありましたが、いまや効率化で在庫減らしや売り切りをしますから、いきなり一年で絶版があります。ひどいものです。
 小2で四月になってわかった2冊、入れ替えますが、まずは前倒しで対応してます。書店数が半減すれば単純計算で販売量も半減ですから・・・いまや出版は危機状態。長く売らないで一発屋のあたりめ勝負では困るのですが、出版不況はデジタル化が生み出したものであることは明らか。いきつくところまで行って「これじゃだめだ!」とわかるまでは20年くらいかかるでしょう。

出版社も書店も大変

 いま、書籍はデジタル化の炎の中で、ひじょうに危うい状態にあります。町の書店は売れ筋本ばかりで、キャラクターやアニメものの絵本が全盛。でも、流行の速さで一瞬で消えてしまう本が多いのです。子どもの心に沁みる本も少ない。
 ためしに大きな書店の絵本コーナーに行ってみてください。どぎついキャラもの本が所せまし、読み継がれてきた名著など置いていない書店ばかりです。それは当たり前です。書籍ほど利幅が少ない商品はないのです。平均2割ちょっと、岩波書店や至光社の本の利益は1割ちょっとです。1000円の本を売って150円程度の儲けでは売る気もなくなるでしょう。つまりまとめてたくさん売らねば光熱費も生活費も出ないようでは書店は閉業していくのは当たり前です。店舗で売れなければ、納品業者に落ちていくよりありません。れっきとした市で、書店が一軒もない市も出てきています。人の目がバーチャルなスマホだけに向かい、リアリティのあるものから遠ざかるのはとても危険なことです。いきおい出版社も目立つだけの質の低い本ばかり出すようになってきました。当然、宣伝した時は売れるかもしれませんが、ロングセラーにならないので流行を作り出して劣悪なものばかり出すという悪循環に陥っています。利益が少なくても何とか書店を続けている店主たちは本の文化的価値を信じているからです。それが本を売っても食えなくなったら、それはやめざるを得ないでしょう。

消えるか、がんばれるか・・・

 児童書専門店もこの数年でどんどん消えました。きちんとした本の推進活動などマスコミも行政も本気でやっていません。学校はタブレット導入(これだってデジタル化の名のもとにすでにいきわたって不況になっている半導体機器を学校で税金で買わせるという半導体企業支援策)この陰で、名古屋のメルヘンハウス(日本で一番最初の児童書専門店)の閉店のようなニュースが続きます。
 メルヘンハウスは店舗に二万冊くらいの児童書を置き、ブッククラブ会員も最盛期は万を数えるまさに児童書専門店の雄だったのです。ゆめやなど40年以上やって、ようやく会員が延べ一万人を超えただけですから、いかに巨大な児童書専門店だったかわかるでしょう。そのメルヘンハウスの三輪さんが語っていた閉業理由は、なんともかなしいものでした。ブッククラブ会員の減少もさることながら、来店客が書棚の本をスマホで写真に撮りAmazonに送信するというもの。商業倫理無視どころか、まさに何でもありの所業です。市場原理の弊害、儲かればなんでもやるという新自由主義経済の影響だと識者は批判しますが、その舌が乾かないうちにその識者も本をAmazonや楽天から買っているのではないでしょうか。言ったことをやらないのは現代の特徴ですが、その「楽と便利」によってやがて自分たちの首を絞めることになるのがわからないのでしょう。書店は「焚書坑儒」の状態ですが、まだどこかに思考力を高めたい人もいますから、そういう人たちに向けてもう少しがんばらないといけません。
 メルヘンハウスの閉店のニュースのあと台湾で有名なシマリス絵本館もコロナや本を買う人の少なさから閉業しました。ここは私も開店当初から関わっただけに残念です。店主の林忠正さんは開業前から何度も当店を訪れ、成長に合った本とはどういうものか、台湾の読者がどういう日本の本に興味を示すかなどについていろいろ話し合いました。
 このシマリスの閉業について絵本作家の仁科幸子さんが読売新聞のコラムに書いておられました(左・記事)。「子どもたちの未来のためにも更なるチャレンジを!」というエール。こう言われたら書店の維持は、ここはつらくても踏んばらねばなりません。会員の皆さんもご理解とご協力をお願いします。(新聞・一部閲覧)



(2022年4月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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