ブッククラブニュース
令和4年
3月号(発達年齢ブッククラブ)

2022年3〜4月の予定

休業日は日曜・月曜、祝祭日、3月は臨時休業はありません
 ※3月16日からは夏時間の午前10時30分〜午後6時30分
 受け取りの方で午後6時30分以降に来てしまった方は電話で呼び出してください。店を開けます・・・・。
 【コロナ対応について】
 2月からオミクロン株が急速に広がりました。軽症・無発症が多く、弱毒化は進んでいるようです。ワクチンの成果だけではなく終息に向かっているのだと思います。予防は大切かと思いますので対応策は取ります。でも、風邪と同じでひかないのに越したことはありません。とりあえずご来店の際は、今まで通りの対応をしていきます。
 ①お子様のマスクは強制しません。
 ②マスク着用はお顔が判別できないので、お名前をどうぞ。
 ③事前にご連絡いただけば、2〜3ケ月分は用意できます。
 ④恐れ入りますが、混雑したらぜひ新しいお客様に席をお譲りください。
 ⑤土曜日は当分、飲み物サービスは中止いたします。
 ⑥次の来客があったら、恐縮ですが入れ替わってください。
発送切り替えも可
 発送も可能です。その際は県外会員と同じく3ケ月一括発送になります。
 ご利用ください。発送のご相談は メールでも受けつけます。
 お振り替えは郵便ATMか銀行振込のどちらかをご利用ください。
 ご理解のうえご協力ください。ゆめや店主 3月1日

42年目

 この3月3日は、開業42年目。42年・・・アレ! 数が不吉(笑)。厄年になりそう。まあどうなるかは一寸先が闇の世の中ですが、まったくやり方もシステムも変えずにやってきたのですが、さすがに40年が過ぎると世の中は変わり、人も変わるので、変化しないと時代遅れになります。でも、この数十年の変化が好ましいとは思わないゆめやはまったく変われない、困ったものです。
 40年前、会費は千円でした。現在も千円。変わっていくのは世間の料金。40年前、ハガキは30円で封書は60円。現在はハガキ63円、封書84円。クロネコの送料もうなぎ上りですが、ゆめやは40年据え置きです。先行きを考えないと「時代遅れ」。自分でもよくこんな田舎町で40年以上も零細絵本屋ができたなぁと感慨深いものがあります(笑)。人口たった19万人。40年前も19万人・・・・もっとも甲府がゆめやの商圏ではなく、人口の多い少ないはどうでもいいのですが、やはり地元の子どもにもう少し本の読み聞かせや昔も今も子どもに本を与えて育てようという方々を増やしたい思いはあります。でも、そういう方々の人口は昔も今も同じことで、全体としては反知性の時代ですから減っていくでしょうが、ゼロになることはないでしょう。でも、商品先渡し・後払い、ポイントもつかず、アナログなやりとりで生き残れるか生き残れないか。この時代遅れの商法がどこまで持つか・・・それはお客がどのように変化するかで決まっていくことでしょう。

寄稿への反応

 時代遅れと言えば、2月号の「本とともに過ごしてきて」の寄稿者・Kさんが「ブッククラブではちょっと肩身の狭い仕事をする母親だが・・・」とお書きになったら、かなり多くの方から「ゆめやさんの考えは仕事をする女性を否定していなかったのか、安心した!」というおたよりが寄せられました。ここでも「時代遅れのゆめや」と思われていたのかもしれません(笑)。
 昨年の3月号のフレンドシップニュースを読んでみてください。(読んでない方、廃棄した方のために下に引用)「働く母親がダメどころか、日本人の女性は昔から働いてきたのだ!」とちゃんと書いています。問題は子どもを無視した生活をする人で、それはいつの時代でも「親の身勝手」、「子どもの先行きを考えない人」を意味します。

働くな!ではなくて

 (2021年三月号の記事 引用)
江戸時代のことを記した外国人の日記や紀行がたくさん残されているが、そのすべてに「質素な生活なのに人は礼儀正しく、笑顔が絶えない。そして、なにより子どもを大事にしている。」(ハリス・日本滞在記)(バード・日本奥地紀行など)などと書かれている。女性はいつも働いていたのだ。山梨は江戸時代を通じて女性が稼ぎ頭(農作業や機織りなど)であり、日本一、女性の方から離縁状が出たところでもある。ダメな男は捨てられていたのだ。しかし、子どもはきちんと育てられた。逆に、殖産興業の明治になってからのほうが労働に苦しむ庶民と食えなくなった子どもたちが激増している。働き方が間違っていたわけだ。問題は子どもをないがしろにしない生活だと思う。

うしろめたく思ったのはこの部分?

いまコロナでリモート仕事をしている人が増えている。そして、子どもといる時間も増えた。しかし、親から「子育てがウザい!」という声も聞こえてくる。子どもたちも休園がありますからね。家での仕事中に子どもがまとわりついたらね。一日は24時間・・・あれもこれもやっていたら子どもと過ごす時間もなくなるだろう。
 企業の奴隷にならずに子どもと過ごす時間をつくる知恵が欲しい。読み聞かせだけではなく、一緒に森や野原で遊ぶ時間も増やさないと仕事中毒で精神病にもなる。専門職で働くお母さん方には申し訳ない言い方だが、子どもの社会性が育つ3年ほどの期間だ。接する時間を増やせないものだろうか。

 効率優先の社会では仕事をきちんとやることが最優先となり、追い立てられます。男女雇用機会均等などというのが曲者で、けっきょくは豊かになるための幻想を持たせ、マイカーやマイホームで釣り上げながら働かせるわけです。巨大化した消費社会で労働力が不足してきた現代では女性労働力が必要になったということでしょう。育児は外部依存で、おそらく親子の関係は希薄になっていくと思われます。もうそういう現象が親殺し・子殺しという極端な形で出ていますからね。
 0歳児、長時間保育の制度ではなく、育児休暇が数年取れる仕組みでないとね。子どもが視野に入らない生活となってしまいます。これでは親子関係が崩れることがあっても仕方ない。働くことが悪いのではなく、働き方が悪いのです。

センサーを機能させる

 思い出してほしいことがあります。お子さんが生まれたとき、妙にいろいろ気になりませんでしたか。神経質になったり、不安になったりする人が多いのです。これはそばにいる父親もそうなります。親というものは、子どもが死なないように些細な不具合にも気が向いてしまうのです。ミルクの飲みが悪いとか、この子はちょっと発育が遅れているのではないか、とか普段は感じない、考えないことを感じたり考えたりします。これは本能かも。授乳や寝返りで窒息しないように、変なものを食べないように、転んで落ちないように・・・育児センサーが敏感になっていきます。
 しかし、成長して時間が経つとセンサーが鈍感になります。でも、別の分野で子どもを守るようにもなります。教育環境や進路に敏感になって、情報を得ようとする方が多いですよね。これも形を変えた「守りたい」センサーの働きだと思います。今度は世の中の荒波から。うまく作用すればいいと思いますが、まわりの状態や先行きの危険も見失って「勝ち抜けどんどん」では、まともな大人にはならないように思うのです。

30〜40歳代の親のセンサー

 最近、妙に子どもに期待を込めて「良いと思うなら何でも与える」「本も大量に与える」いわゆる物量攻めをする人が目立ちます。豊かで、お金があるから子どもに投資するのでしょう。親が「バブル世代2世」なんです。お金がすべての価値の上位にくるので、
 お金があれば勝ち抜けると思っている親もいるでしょうが、そんな方法(スポーツ推薦とか留学生枠獲得・・・のような抜け道)で育てても、まっとうな人に育たないことがあります。最近、そういう若者が多いと感じるのは気のせいでしょうか。
 働く親を見て子どもは育ちます。問題は働く姿を見せられるかどうか・・・お雛様もふくめて昔から親たちは働いてきています。お姫様の苦労は、いまの親に比べて並大抵のことではなかったでしょう。効率優先の企業社会は子どもを親から引き離し、単なる労働力としか見ていないのではないと思います。子どもを見失った形で働く・・・これはダメでしょう。先行きを感じ取るセンサーを親は働かせないと。(3月号ニュース一部閲覧)

読み聞かせ・いろいろ
⑨ 4歳以降

 4歳までくれば、読み聞かせる方も聞く方も、もう慣れたものです。これと言った読み聞かせの技術など不要でしょう。読んであげれば聞く、聞くことで言葉と理屈がいっしょに子どもの頭に吸い込まれる これでいいと思います。ただ、ひとつ注意することと言えば、いくら字が読めても4歳、5歳、6歳レベルの本を読むのは子どもにとってはかなり大きな負担でもあります。最低6歳までは読んであげましょう。
 文を読むことが負担になると子どもは図鑑や漫画のように「文が少ない」、あるいは「長い物語ではない」ものに向かいます。やはり、長い物語が聞けることはとても大切なことで、聞くことができれば、やがて長い物語を違和感なく手に取って読めるようになります。親は字が読めると本が読めていると思いがちですが、そんな子は4歳では百人に一人もいないでしょう。読めていくのは自然に任せた方がいいと思うのです。まだまだ4歳〜6歳では親の膝の中、寝床の中の温かく柔らかい快感の中で聞くことを楽しめればいいと思います。こういう体験は知的能力以外の柔らかな人格をつくるのに大きな効力を持つはずです。小さいうちから字を読めて物事がわかる子もいないではないでしょうが、お勉強に追いまくられた子が本を読めなくなるのと同じで先行きのことを考えれば、この時期の読み聞かせは重要です。ここまでくれば本もたくさんたまってきます。配本以外も何度も読んであげてください。

読めることより聞けること

 よく、3歳くらいで字を教えて字が読めるようになると鬼の首でも取ったかのように自慢する親がいますが、記号としての字が読めることと物語の内容をつかむ力あることはまったく別物です。親は字が読めると本が読めていると思いがちですが、そんな子は4歳では百人に一人もいないでしょう。読めていくのは自然に任せた方がいいと思うのです。
 日本の義務教育は、いろいろな問題があることはありますが、すくなくとも「読み書きソロバン」に関してはかなり効果があがる教育法をつくってきています。99%以上の子が小学1年の2学期にはカタカナ・ひらがなが読めます。それでは遅い!という人もいますが、前述のように年齢相応のことが基本で、早く読めたから、書けたからといってそれが能力差につながることはないでしょう。3歳で字が読めたからと言って小3できちんとした本が読めるかどうかなのです。もっと言えば、小3で大人レベルの漫画が読めても高3で基本的な読書ができているかどうかが分かれ目です。日本人の多くは、知識つめこみ教育(これが学校教育の問題点ですが)で、高度な読書ができなくない!
 ただ、親は日本社会の価値観に大きく影響されているので、早く字が読め、書けることが「頭が良いこと」だと思い込んで必死になりますが、その結果は意外に効果のないものになります。2021年度の大学入試(共通一次、センター含め)平均点が過去最低になったことは、その証左といえるでしょう。すくなくとも十年、二十年前の子どもより早くから塾学習を受けているにもかかわらず。もう一度考え直さねばならないのですが、現状では無理ですね。次の時代は大変なことに?

小川未明の「野ばら」

 今月は小川未明の『野ばら』について書きましょう。平成の最初頃、光村図書の教科書の小6で採用されていました。おおもとは1920年に『大正日日新聞』夕刊に発表された『おとぎばな志 野薔薇』ですが、現在の(と、言っても知る人はわずか)童話『野ばら』と内容は全く同じ。第一次世界大戦直後の作品です。未明が世界大戦の悲惨さを嘆いて書いたと言われる作品です。現在では、教科書からは、なぜか消えたようです。
 未明が出版したあと、1908年からシベリア出兵、朝鮮独立運動(三・一独立運動)、中国の反日・反帝国主義運動(五・四運動)、ロシアでの日本人虐殺事件(尼港事件)などが起き、アジアは不安定な情勢に置かれます。この時代を背景にして、きな臭くなっていく世の中を見ながら、戦争のない平和な世の中を願って『野ばら』は書き上げられたようです。

国境警備兵・・・。

 隣り合っている二つの国。一つの国は大きく、もう一つの国はそれよりも少し小さな国です。両方の国から兵士が一人ずつ派遣され、国境を定めた石碑を守っていました。大きな国の兵士は老人、小さな国の兵士は青年。なんだかウクライナとロシアの国境のようですね。挿絵では肋骨服の軍服ですから、なんとなくロシア兵という感じがしました。
 二人は最初は、言葉も交わしませんでしたが、いつしか仲良しになります。国境には一株の野ばらが茂っています。野ばらには朝早くからミツバチが集まって来て、その羽音を合図に二人はいつも目を覚まします。
 そのうち二人は毎日将棋を指すようになりました。青年は初心者でしたが、老人にていねいに教わっているうちに対等に指すようになっていきます。しまいには老人が負かされることもありました。二人とも正直で親切な人間で、将棋盤の上では争っても心は打ち解けていたのです。
 老人は言います。―――「苦しくてかなわない。これが本当の戦争なら、どんなだかしれん。」小鳥は梢の上で歌をうたい、白いバラの花は良い香りを送ってきます。
 冬になり寒くなると、老人は、家族が暮らす南の故郷を恋しがり「早く暇をもらって帰りたいものだ。」と、口にするようになります。そんな老人に青年は言います。
 「代わりに来る人があなたのような親切で優しい人ならいいですが、敵、味方というような考えを持った人だと困ります。どうかもうしばらくいて下さい。そのうち春がきます。」

戦争

 やがて冬が去り春となった頃、この二つの国は戦争を始めました。仲睦まじく暮らしていた二人の間柄は敵同士になったのです。そこで、老人は「私の首を持って行けばあなたは出世できる。」と、青年に言いました。
 けれども青年は「どうして私とあなたが敵でしょう。戦争は北のほうで開かれています。私はそこへ行って戦います。」と、老人に言い残して去ってしまいました。こうして国境には老人だけがただ一人残されたのです。
 野ばらの花が咲きミツバチが群がってきます。老人はこの日から青年の身を案じながら日々を過ごすようになっていきました。ある日のこと、国境を旅人が通ります。老人は戦争について訊ねました。
 旅人は「小さな国が負けてその国の兵士は皆殺しになった。」と、老人に告げます。老人は青年が死んだと思い、石碑の土台に腰をかけてうつむいていました。すると、知らないうちに、居眠りをしてしまっていたのです。
 夢・・・彼方から一列の軍隊が歩いて来ます。そしてそれを指揮するのは馬に乗ったあの青年です。やがて老人の前を通るとき、青年は黙礼をして、バラの花を嗅いだのでした。
 老人が何か言おうとすると目が覚めます。夢だと分かったのです。それから一か月後、野ばらは枯れてしまいました。その年、老人は暇を貰い、南のほうへと帰って行きました。

  ・・・・百年経ったいまでも、この物語のようなことが現実に起きるというのはなんともはや。だいたい独裁者は百年ごとに出てくるようで、いきなり隣国に攻め込みます・・・

人の考えや行動を知ることで人類は進化してきた

 また戦争が始まった。遠い国だから日本では何事もないかのようにお笑い番組が流れ、物流にも変化?がない。そのうちあるかな。
 国境が陸で接していないありがたさもあるが、ウクライナの親と子は今日も鉄砲玉や爆弾に怯えていることだろう。
 まったく人類というのは懲りない動物だと思う。隣の国に独裁者が攻め込んで大戦争になるのは、だいたい百年毎だ。
 百年くらい経つと人は過去の悲惨さを忘れるから、同じことを繰り返す者が出てくる。
 1712年にはロシアのピョートル大帝が大北方戦争を起こして欧州北部に攻め込んだ。「1812年」はチャイコフスキーの曲の名にもなっているくらい有名なナポレオンのロシア遠征(敗北)。1914年には第一次世界大戦がはじまり、1934年にはヒトラーの電撃作戦。そして2022年はプーチン・ウクライナ侵攻(世界戦争にならなければいいが、疫病の後は戦争と飢饉が来るのが定説である・このことはこのニュースで書いたが、書いて半年もたたないうちに戦争では飢饉も早く起こるかもしれない。)・・・。ほぼ百年毎に独裁者が出て、欲のために隣国に攻め込む。こういうことが起こるのを学べないのは悲しい。経済の成長ばかり頭にあって、欲で悲惨なことを引き起こした歴史を学ばないからだろう。

脳が進化していない?

 下等動物はお腹が空くと平気で相手を倒して食べるが、サルくらいに進化すると群れの中の力関係を学んで強い者には従って群れが混乱しないようにするという。力関係の差からトラブルを防ぐ決まりを学んでいるわけだ。
 とは言うものの、人間はサル・レベルでいいというわけではない。人は子どものうちから、もっと複雑な人間関係を学ぶ。相手が強い/弱いを知ることから始まって、これをするとどう思うか、自分がしたいことができるか、などを考えて、相手の顔色や多様な場の状態を読み取る学習をする。力で強引に来る奴を知恵で倒すことも考える。また、うまく謝ることで切り抜けることも学ぶ。

学習の方向

 おそらく、人間は20歳くらいまでに、さまざまな人間関係を見ながら、あるいは体験しながら、どう動けばいいかという能力を身に着けるのだろう。
 つまり、自分は、この場からどう生きのびるかという力である。これは、方程式の解法や動詞の変化、歴史年号の丸暗記という学びでは身につかない。相手との関係や集団の質を見て取る能力は、おそらく人間だけが持つ力なのではないだろうか。
 大脳がこれだけ進化したのは、大昔から「対人関係」をつかんだり、「場がどのように変化するか」を感じ取ることで脳細胞が鍛えられたと思われる。欲に駆られて相手を倒して食べる下等動物では、脳は大きくならない。
 ところが、現代人の一部を見ていると、「正気か?」と思うようなファッションや突飛な考えをしている人に出会う。かなりの数になっているから馬鹿にできない。学習できていないのだろう。狂気が世界に満ちれば戦争や社会混乱は起きてもおかしくない。

物語から理屈を学ぶ

 だが、体験を重ねただけでは、相手の気持ちや行動のパターンがわかるくらいだろう。体験できる世界は狭い。時空を超えて広い世界を知るには言葉から、その後の行動を推理して、どういうことを考え、どういうふうに出てくるかを予想することもできるようになる。嘘を見抜くとか、怒りを抑えるなどの方法も考えることができる。さらに、過去の事件や歴史上で起こったことを知れば、同じような例を見て、実際の生活や人間関係で応用できるはずだ。
 物語の登場人物の型は、現在、われわれの周囲にいる人々の中にも同じタイプがいるからである。
 言葉がただの伝達言語になったら、それは原始人の会話のレベルである。手紙が生まれ、電話となり、SNSにもなってきたが、飛び交う言葉でわれわれは脳を進化させているだろうか。相手との関係や置かれた環境、または襲ってくる事故を見抜く力がついているだろうか。お互いの気持ちを知る方法が、技術の進歩で可能になったとは思えない。逆に欲が大きくなり、相手を倒してでも食べる下等動物に戻っていくだろう。力を持つと周囲のことを考えなくなる。コロナ現象は、ますます人間から、うまくやる技術を奪い、力押しの世界を生み出している。(新聞一部閲覧)

小川未明の作品とは

 小川未明については、2016年、大月市立図書館の仁科幸子館長の肝いりで話させてもらったことがある。仁科館長の企画の要旨はこうだった。
「・・・・浜田廣介、江戸川乱歩、川端康成、武者小路実篤、村岡花子、山本周五郎、小川未明、、、と、名だたる作家280名が名前を連ねて、設立されたものだ。趣旨は、「児童文芸は、児童のために、良心を土台としてのみ作り出される」。
 初代理事長、浜田廣介が児童文芸に込めた魂は、現代に受け継がれて、優しさ、思いやり、勇気、、、。豊かな感性をやしない、育む作品を次世代を担う子どもたちの心に届ける存在であり続けたいと願って活動を続けている。
 私も、名だたる作家の先輩たちの前で、小さくなる思いだが、「浜田ひろすけ童話賞」をいただいたご縁で、この協会の会員でもある。そんなご縁もあって、大月市立図書館で、今までの歴史展示をしていただくことになった。
 5月いっぱいの展示だが、5月29日には、作家の山本省三さん、甲府絵本専門店のゆめやの店主、長谷川敏夫さんをお招きして、お話をおききする講演会を開く。山本省三さんは、この協会の理事でもいらっしゃるので、その歴史と、ご自分の作品のおもしろ話。
 長谷川さんには、小川未明の物語についてのお話と、この時代の児童文学と、現代の作品についての考察など、とても面白い内容のお話が伺えそうだ。・・・・」
 これに応える形で「小川未明」についての講演させていただいたが、仁科館長の小川未明や浜田広介への思いをうまく伝えらえたかどうかは疑問だった。しかし、売れる本しか作らない現代の児童書作家たちとは違う、人に伝えなければならない姿勢だけは話せたのではないかと自画自賛(笑)している。
 つまり子どもにおもしろおかしいものを提供する児童文学(古田足日、鳥越信ら)もいいが、やはり人間の本質や不条理な世界を描くものを否定してはまずいだろう。夢と希望だけでは生きられないこともあるのである。

「本とともに過ごしてきて」

福島県いわき市 吉野さん Mさん(小6)
 東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から今年で11年となります。当時もうすぐ2歳になろうとしていた娘はこの春、ブッククラブの卒業を迎えます。
 原子力発電所から30キロ付近に住んでいた私達は、10キロ圏内に住んでいた私の実家の家族と共に翌日には会津へ避難となりました。夫は仕事上、勤務地の住民と共に各地へ転々とする避難所での生活となり、その後約3年間離れて暮らすことになりました。
 そんな行く先のわからない状況の中で、ゆめやさんは私達親子の安否確認をネットで発信してくださり、すぐに避難先への配本をしてくださいました。当たり前の日常がなくなってしまっても、届けてくださった絵本のおかげで、毎日の読み聞かせの時間だけは、以前と変わらない娘との穏やかで大切な時間となりました。その後10ヶ月続いた避難生活後、私は育児休暇の終わりと共に職場復帰となりました。生活基盤も不安定な状況の中でゆめやさんがお電話をくださいました。遠くに離れていても私達のすぐそばに寄り添った言葉をかけてくださったこと今でも忘れることができません。ブッククラブは卒業となりますが、これまで本と共に過ごしてきたことが、これからの娘の人生の中で支えや道標となるような本との出会いに繋がっていくことを願っています。 ゆめやさん、ありがとうございました。

 《ゆめやより》 

 こちらこそ長い間ありがとうございました。ご寄稿文を読んであのときのことを思い起こします。地震のあとすぐに東北4県の会員の皆さんにさまざまな方法で連絡を取り安否確認をしていました。かなりの数の会員なので確実に届くように全部ハガキでご連絡したのです。でも、吉野さん(当時は、あの南相馬にお住まいでしたね)と東松島のEさんだけが応答がありませんでした。不安でした。
 ハガキもすぐには戻ってこず、どうしたものかと・・・Eさんはその後GoogleのPersonfinderを使って避難所がわかりましたが、吉野さんはかなりかかりましたよね。会津には何人か会員がいまして、皆さん一生懸命に探してくださいました。そして2ケ月後になんとか連絡が取れましたね。
 大変なさなかにいらっしゃったのに大したことができずに申し訳ない思いでいっぱいです。ハガキが戻ってきたのは半年後のことで、それには「原子力事故のため配達できませんでした」という付箋がついていました。
 天災と人災の同時経験、いろいろな意味を伝えていただきたいと心から思っています。お嬢さんにも、本の中の何かが心に残っていると思います。命の大切さは誰よりわかることでしょう。まだまだ何があるかわからない世の中です。ぜひ体験を貴重なものと考えて未来に向かいましょう。これからも、たまにはおたよりをくださることを期待しております。(新聞・ニュース一部閲覧)

おたより

 北杜市高根町 田中さん 長女のHさん 次女のKさん(小6)
 ゆめやさんとの出会いから17年。駆け足で過ぎていく毎日の中で送ってくださる本や通信、読み聞かせのひとときなどから「我に返る時間」をいただきました。子どもたちと向き合うだけでなく、私自身のリフレッシュとなる大切な時間の流れでした。なんだか人生の一区切りの気分です。本当にありがとうございました。どうぞお元気でご活躍なされますように!!
《ゆめやより》お嬢さん方の卒業おめでとうございます。上の娘さんはもう大学生?でしょうか。ちょうど、たつみや章の「夜の神話」を配本した最後の世代ですね。あの本は原発が爆発しないようように小さな神さまが・・・という話ですが、東日本大震災のはるか前に書かれた本でした。そのあとなぜか一般書からは消え、文庫としてしか残っていない貴重な本です。そういうエピソードもおつきあいの中にはあるわけで、最初から数えると上のお子さんから下のお子さんまで、もう17年にもなるんですね。ほんとうに長いお付き合いですがあっというまのような感じがあります。ぜひ、コロナが終息したらお茶でも飲みにお寄りください。お待ち申しております。

2021年度全課程修了者の方に

 桜の開花日の予想が新聞に出始めました。・・・この時期は就学児ブッククラブ課程の修了の時期です。修了者覧に長い間、お便りをやりとりしたり、毎月会ったりした方々のお名前が出るとなんとなく感慨深いものがあります。
 この2年、コロナが深刻になり、デジタル化が急速に進む中で、ここまで残っていただいたことにまず感謝しなければなりません。数年前に比べて修了者の数はかなり減ってしまっていますが、まあ、これも世の中の変化・・・楽で便利なほうに人が流れるのはしかたがないことだと思います。
 ただ、この40数年を見てきて、本を読んできた人はおかしな人生を歩まないという結果が出ていることだけは言えます。このところ、かつての会員が結婚してお子さんを連れてまたやってくることが増えました。その方々と話していて思うのは、いまの世相で見られるおかしな考えやファッションをしている人がまったくいないということです。世の中は、以前と違い、まっとうでない考えも満ち溢れていますからね。
 通販型のブッククラブとちがい、ゆめやのブッククラブは、交流があります。原則2歳までのスタートなので、ここに残った皆さんは、0歳、1歳からスタートの方がほとんどです。最近は、ご承知のように一般家庭では長い物語を読める子がどんどん減り、高学年ではラノベや漫画ばかりという子も・・・。それならまだいいほうで、スマホ画面ばかり見る子さえ出ています。だから読書する子たちはいずれ貴重な存在になると思います。(修了者の掲示は個人情報なので紙面のみでHPでは掲載しません。)

次の次の時代に!!

 次の時代、あと15年くらいは最悪の状態になると思います。その前兆どころか実体も見えてきました。みなさんのお子さんが社会に出て活躍できる頃・・・それが次の次の時代です。その時代は、大きな変化が起こるでしょう。それを期待して、力を貯めておいてください。
 6年間の配本で何が一番心に残ったでしょうか。ここまで読めれば大人の本はもう目と鼻の先です。
 絵本から始まった読み聞かせの底力が高度な思考を可能にする。それよりもなによりも・・・・「本で育てよう!」 「読み聞かせを楽しもう!」というお父さんやお母さんがいなければ、ここまでは来なかったでしょう。卒業しても、ぜひ「その後」をお知らせください。必ず返信しますよ!(ゆめやが存在する限りはですが・いやほんと、これからの時代、何が起こるかわかりません、消えていたらごめんなさい)。最後に、あらためて、これまでのご愛顧に感謝申し上げます。ゆめや
 記載洩れの方がいましたらすぐにご連絡ください。修了書などを発行しなければなりませんので。(修了書などは配達配本の方は最終配本で、遠方の方はこのニュース同封で発送します)



(2022年3月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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