ブッククラブニュース
令和3年
5月号(発達年齢ブッククラブ)

来店受け取りのお客様へ

 コロナ対応について
 緊急事態宣言が首都圏に出て、感染者数がどんどん増えてきています。山梨は人口が少ないうえ閉鎖的な地理環境なので微増ですが、感染者が少ないことが逆に首都圏からの息抜き観光の場所となり、県外ナンバーの車がGWには激増しました。半月後の数字が怖いですね。ご来店の際は・・・・
 またマスクをつけて御来店ください。
 お子様のマスクは強制しません。
 マスク着用はお顔が判別できないので、お名前をお願いします。
 土曜日は混雑するため飲み物サービスは中止します
 通常日も密になったら、飲み物サービスは中止いたします。
 念のため毎回テーブル消毒・換気もしますが気になさらないでください。
 恐れ入りますが、混雑したらぜひ新しいお客様に席をお譲りください。
 受け取り可能時間(10:30am〜18:30pm夏時間)です。
発送切り替えも可
 発送も可能です。その際は県外会員と同じく3ケ月一括発送になります。
 ご利用ください。発送のご相談は メールでも受けつけます。
 お振り替えは郵便ATMか銀行振込のどちらかをご利用ください。
 ご理解のうえご協力ください。 ゆめや店主 5月15日

遠方の方へ自店紹介

 信玄公銅像がある中央本線・甲府駅から車でたった5分ですが、商店ひとつない里山の裾野の住宅地の中にあります。いまは「花子とアン」の再放送で有名な甲府ですが、東京から100kmたらずなのにひたすら田舎です。山梨県の人口が80万ちょっと。甲府市が20万で、15歳以下がたった2万人弱。こんなところで子どもの本専門店をするのは無謀ですが、1980年開業以来40年もやってきてしまいました。
 喫茶コーナーもなければ玩具売り場もない、本しか置いていない小さな店ですが、けっこうお客様が来てくださいます。こういう時代ですから「本の力を信じる人」の集まる場になってくださればと思っています。それにしても、ほとんど何も変えずに40年やるというのは大変化の時代には文字通り「大変な」ことでした。

変わらずに続ける

 さすがに現在は、コロナ禍では、来店客とゆっくり話もできない状態ですが、それでも密にならないよう、感染対策もきちんとして、それなりに対話の時間も設けています。やはりお茶を飲みながらの話は、なかなかいいものです。40年の間、私は何杯コーヒーを飲んだことになるのでしょう(笑)。遠くからのお客様も春休みや夏休みにもいらっしゃいます。よくもまあ、こんな辺鄙な田舎の絵本屋へと思いますが、ありがたいことです。
 もちろん、できるかぎりの対応はしております。世の中の流れは変わり、親御さんの世代も意識も変わりますが、私どもゆめやのおじいさん、おばあさんは変わると言えば歳をとるだけで、やっていることはまったくかわりません。
 いいのか悪いのか、でも、時代遅れとはいえ、アットホーム的な絵本屋があってもいいのではないかと思っています。

自慢できることはあまりない

 ゆめやから歩いて5分のところに戦国時代なのに城を持たなかった武田信玄が住んだ躑躅(つつじ)ケ崎館があります。
 信玄の信条は「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵・・・」、私もお客様を人として大切にすることをいつも心がけてきました。物の売り買いではなく、人と人の交流が大事だと思うからです。一人のお客様とはたいてい十年以上のおつきあいになります。その子育てをしてきた方々が、またそのお孫さんのために本を与える・・・40年というのはそういう月日でもあります。
 書籍業界は、大手通販業者によって「戦国時代」に突入しました。でも、私たちは(これまた時代遅れとは思いますが)お客様との個別の対応を大事にしています。「性別、弟妹の有無、生まれ月などをキメ細かに対応させて成長にピッタリの本を個別に配本する」をモットーに「戦国最強」の子どもの本屋(笑)を目指しています。ゆめやは全国制覇を狙う通販ではございません。お客さんを相手にするだけの本屋なのです。
 信玄お膝元の子どもの本屋ですから信長(名古屋)や家康(東京)のように地の利を生かした攻め方はできませんが、いきなり勢力を伸ばせば短命に終わりますし、安定して巨大な非人間的な商売などもともと頭にはなく、良い本の力が少しでも子どもの心にうまく沁み込んでくれれば、とだけ願っています。ずっと紹介制でやってきています。会員の皆さまには新たな希望者のご紹介もよろしくお願いします。

コロナ・・・・うんざり

 「うんざり」とは「ものごとに飽きている気持ち」を表す言葉。同じ状態が続いたり、繰り返し行われることで、嫌な方に気持ちが動き、退屈して考えなくなることです。無意味に繰り返されることに嫌になっている気持ちですね。
 たとえば「親が小言ばかり言ってきてうんざりだよ」というふうに使います。
 日本語は、こうした「感情を表現する言葉」が豊富です。
 程度や状況の変化で、こういう言葉はいくらでもあります。「うんざり」が続くと「げんなり」になります(笑)。「げんなり」は、同じものばかりで疲れ切り、気力が削がれている状態のときの言葉。「毎日毎日ラーメンやチャーハンばかりでげんなりだよねぇ!」
 あと、これが漢語になると(日本では漢語も使いますからね)「辟易(へきえき)」なんてのもよく使います。「同じことばかりグダグダ言いやがって、辟易するわい!」・・・。
 あんまり同じことが続くと食べ物ではなくても「食傷気味」という言葉も使います。そして、いちばん使われるのは「くだらん繰り返しに飽き飽きする」のアキアキですね。
 こんな言葉が最近、頻繁に聞かれます。もちろんコロナ禍で、みんな気分がおかしくなっているのでしょう。
 島国なので、きちんとやればNZや台湾のようにうまくいったのに、インバウンドにこだわり、経済にこだわり、いまだに変異株の侵入をきちんと防御出来ない。時短だ! テレワークだ! 蔓延防止だ!と効き目のないことばかりしていると、「うんざり」「げんなり」「へきえき」「食傷気味」「飽き飽き」となります。みんな慣れてしまって、お花見や新緑見物の行楽に出かけたくなるのはしかたがない。会社に出られない人、帰省できない人も多いですからね。

さびしい春

 いつもなら春休みやGWには遠方の会員がゆめやに何家族もくるのですが、ことしはほとんどいませんでした。きっと「うんざり」の影響なんでしょう。
 国が国民のことを思ってやってくれているならまだしも我慢しますが、自分たちの権益を守るためでは、みんな嫌気がさします。
 観光業から献金を受けている議員はGO TOをしたい、五輪の利権で動いている人はなにがなんでも五輪をしたい。キャッシュレス化が進まないので、いまごろになって「お札についたウイルスはいつまでも残る」なんてことを言い始める。もっとひどいのは「緊急事態宣言では効き目がないから憲法を変えて、緊急事態条項」をつくる、などと言い出していることです。こういうのを「火事場泥棒」といいます。どさくさに紛れてわるいことをするやつら。デジタル庁もそうですね。ひたすら金儲けです。
 こうした問題は、コロナのどさくさに紛れて自分たちに都合のよい方にもっていこうという動きです。辟易です。ところが「うんざり」しているうちに、こういうことに国民も鈍感になってきました。
 もともと「憲法は国民を縛るものではなく政府を縛るものであること」が、国民にわかってないのですからね。何を勉強してきたのか!? 十万円もらって喜んでいても、すぐにいろいろなことで取り返されますよ。そういうことにはあやつらの頭はすばやく働くのです。そして、テレビでスポーツや芸能を「食傷気味」になるくらい流して、人が考えないようにしますから狡猾なのです。「オリパラに向かってがんばろう!」と「飽き飽き」するほど繰り返すヤンキーな洗脳。こういう政治家にはモラルはないですからね。「よくもこれだけ、どうしようもない頭の人が議員になっているなぁ」とあきれてものが言えません。そういう政治家を政治家として認めているのがこの国の国民なのですから、これはもう、どうにもなりませんよね。
 上が上なら下も下。あの元スケート選手も元卓球選手も元水泳選手も・・・本など読んでませんから考える力もモラルもない、まったく危ないです。上が腐ると下まで腐るから困ったものですね。

なんかいつも同じパターン

 ヤンキーでイケイケドンドンの人々の頭は、単純です。あのときの日本人と同じです。一度決定したら、何が何でもやるということが戦争末期に行われましたよね。相手が空から爆弾落としてきても竹槍で戦う、一億玉砕を掲げても根性で戦う、変わってないのです。少しも変わっていない。(一度 「#インパール作戦」を調べてみてください、愚劣な作戦だったということがわかります。みなさんもあまりのばかばかしさに目を疑って「うんざり」しますよ。)、いまとまったく同じなんです。相変わらずトップは「五輪が国民に勇気と希望を与える」という観念論ばかり口にします。最後は「神風が吹く」となるのでしょうか。二度は騙されないと思ったのですが、77年も経つと世代が交代して何も知らない人が増えてくる。そうなるとヤンキーな国民性があらわになる。日本人の精神性なんでしょう。学校教育はそういうことを教えてきませんでしたね。どういうわけか大正時代あたりから歴史の授業は時間切れというような雰囲気で、現代につながる反省すべき歴史は覆い隠されてきました。
 このことは、HP先月号「絵本屋ゆめやの会津感」という白虎隊会報に掲載された文でも書いています。再読ください。

一年中、五月病?

 ある小学校3年生の女の子が家で宿題をしていた。
 真剣にやる気はなく、テレビを見たり、ゲームをしたり。それを見ていた父親が言った。「宿題したくないの?」 娘は答えた。「学校が楽しくないんだよね。」
 父親は「今までどんなことが楽しかったのか」と聞いてみた。娘は、「図工や音楽、給食が美味しいとき」と答える。
 「友達と遊ぶのは?」と聞くと、「友達と遊ぶのも小1の時の方が楽しかった。」…今は楽しくないらしい。
 父親は、「なるほど、でも、おまえが一番楽しかったのは、そんなことじゃないと思うよ。」と言う。
 娘は、「なんで?」って、と怪訝(けげん)な感じ。
 父親は続ける。「おまえが今まで、すごく楽しく話してくれたことは、今言った楽しいことじゃなかった。おまえは、興奮して、笑顔でその様子を話していた。それを思い出したんだ。」
 娘は「あ!」っと言う顔になった。
 それは、小学校二年の終わり。担任の先生が離任すると言うことを知って、生徒たちが中心となって行ったサプライズお別れ会のことだった。担任の先生の涙を流した話を何日も娘はしていた。

自分の考えで行う楽しさ

 最初は、一人で計画をしていたが、準備をしていくとクラスメイトが気付き、どんどん輪が広がり、最終的にはクラス全員でメッセージカードを描き、クラスに飾り付けを行い、みんなでお礼を伝えたそうだ。
 「あの時のイベントは、学校が用意したものなの?」
 娘は「違うよ!私と友達で考えたんだよ」と答える娘をみて父親は、言った。
 「去年の誕生日、おまえは何もらったの??」
 娘「えーっと。あれと、なんだかったか、ん??」
 父親「人からもらったものは、忘れやすい。楽しい感じは少し残るけどね。でも人にしたことは忘れないんだ。」
 あの時の担任の先生の泣いた顔思い出せる??」
 娘「うん。はっきりと覚えてる。」思い出したのだろうか、目をキラキラさせて笑っている。
 父親「どう?学校って面白いかなぁ?」
 うーん!と考えている娘。しばらくしてから「自分から何かするのがいいのかな!楽しくなるように考えて動いたらいいってことかな。」
 父親「そうだよ。日本中の小学校3年生に、これをしてくださいって決められたことを学校ではしている。
 と、言うことは、それが楽しい子もいるけど、物足りない子もいるし、ついていけない子もいる。それは当たり前のことだ。
 用意されているものを受け取ると、面白いか?面白くないか?で考えてしまうよね。たいていおもしろくない。」
 娘「今年も新しい担任の先生にサプライズをしてみようかな。」
 父親「そうだよ。で、宿題もおもしろく・・・?」
 娘「先生も宿題を点検するの毎日しんどいって言ってた。だから私の宿題を点検した時に、きれいな字で『お疲れ様です』って付箋貼っておこうか!!」
 なんでもそうですが、工夫をすれば楽しくなるもんです。

受け身から抜け出す

 この話は、ある家の小さなエピソードですが、自分から何か楽しいことはやれるはずです。自分からやったものは、なぜか心に残る。でも、そのためには、環境、たとえば学校という場所、クラスメイト、そして先生の存在が必要。
 いま学校は、子どもを楽しませるところではなくなっています。高学年になればなるほど学校は楽しくなくなります。なぜ、そうなのかはいまさら言う必要はなく、子どもが自ら動く環境ではなくなっているからです。すべてが受け身、学校がしてくれることを受けて、その隙間で自分の考えや行動をしなければならないからでしょう。
 子どもの楽しいアイディアを妨げるような学校は管理的でダメですが、子どもが自分から何かできる余力を学校は持たせてほしいです。今、多くの子が何かしてもらうことばかりで、楽しいことを待つだけ。なにか自分からしはじめないと楽しくならないことを教える誰かが必要です。
 もう一度、楽しいと思っていることが本当に楽しいか考えて見るのはどうでしょう。子どもだけではなく、親にもできることはある! いつまでも教わることばかりではなく、自分から学ぶという転換が子どもだけではなく大人にも費用だと思います。(一部閲覧)



(2021年5月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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