ブッククラブニュース
平成26年1月号(発達年齢ブッククラブ)

けましておめでとうございます

 今年も多くの皆さまからたくさんの年賀状をいただきました。謹んでお礼を申し上げます。こちらから年賀状を差し上げるべきなのですが、年末の繁忙・・・あっという間の一年。右に掲載の賀状で返させていただきます。皆様の年賀状は、このニュースの表紙にありますように、全点、店頭に貼り出してあります。立春まで展示しますので、ご来店の方は、ぜひご覧になってください。
 まあ、こんな小さい店なのですが、御信頼をいただいて長い間、遠方の方からもたくさんの年賀状をいただきます。遠方のみなさんは、ゆめやがあるところなんて知らないでしょうね。店は町中ではなく、武田信玄が館を構えた閑静な里山にあります。開店は34年前。場所が場所なので、来店客は近郷近在のブッククラブ会員で多くの会員は県外、海外です。ブッククラブといっても大手のものとは大違いで、紹介者(ブッククラブ会員)がいなければ入れない、二歳以上の子どもは入れないという変なやり方をずっと続けています。
 これはご存知ですね。3歳過ぎたら、・・・4歳過ぎたら・・・ビシバシ断ってしまうのですから血も涙もない児童書専門店かもしれません。
 でも、かつて会員だった子が、結婚してまた配本を依頼してくるというところまで来ていますから、変なやり方も捨てたものではありません。児童書はネット通販で戦国時代に入りましたが、基本は子どもの成長・発達に合わせた配本がどのくらいできるか!というところ。ゆめやでは、性別・生まれ月・弟妹の有無など、すべて個別に細かな対応をしていますので、小さくても「戦国最強」と自負しています。信長や家康のように地の利もないので全国制覇など初めから求めないのです(笑)。変なやり方は気楽なやり方でもあります。これから先、どのくらい続けられるか、どのくらい私の寿命があるか勝負どころですが、ま、アベノミクスにやられなければ、今年も来年もよろしくおつきあいのほどお願い申し上げます。

年賀状をいただいて・・・

 壁面に並ぶ膨大な数の会員からの年賀状。多くが写真年賀状です。今年もまた子どもたちの、会員のお父さんお母さん方の笑顔を拝見して去年一年の疲れやモヤモヤが吹き飛ぶ感じです。
 遠方のお客様はお会いする機会がありませんので、写真年賀状だと、お子様の成長ぶりやご家庭の様子まで見てとることができ、ほんとうに楽しいです。お忙しいさなかに年賀状を作り、投函しておられると思いますが、子どもさんが好きになった本の名や近況などを添え書きしていただいたものも多く、読むうちに、こちらの顔もほころびます。一晩で数枚の大型ボードに貼らなくてはならないのですが、毎年、ついつい一枚一枚読みふけり、「へえ〜!こんなに大きくなったんだ!」「弟が生まれたんだ!」「お姉ちゃんはもう高校生になったのか!」などと見入ってしまいますので、今年もけっきょく五日の朝の四時まで貼る作業が続きました。今年の一月五日の甲府の明け方・・・寒かったです。気温マイナス6度。

結果も見えてきている

 この忙しく大変な時代に、明るさに満ち溢れたお便りや写真をたくさん見ることができるのはほんとうにうれしい感じです。「絵本の読み聞かせが楽しめるということは、やはり家庭環境がきちんとしていなかったら無理なことなのだな」と実感します。本を毎月与えてもらって、それを心の糧にしながら成長する。図書館から借りてきて読むのも悪くはありませんが、返してしまえば幼児には「無い」も同じなのですから、やはり本を所有することで心の中で蓄積するものは多いのでしょうね。「良い環境・・・親や周囲に見守られて幸せを感じながら育つ子どもは、大きくなっても曲がっていくことはない!」と思います。長く、この仕事をしてきて、多くの実例を見た結果で、その思いは確信に近いものとなっています。
 年末年始は、大学に入った子、成人式を迎えた子、久しぶりに帰省した子などブッククラブの卒業者もたくさん店を訪れてくれます。自分が成長した姿を、あるいは大きくなった我が子をかかわってきた私に見てもらいたいということもあるのでしょうが、子どもの本の専門店に大人が出入りする姿も最近の年末年始の特徴です。その子たちといろいろ話しても、テレビで見るワァワァキャーキャーの若者とは話し方ひとつ取っても違うし、考えを聞いてもきちんと話してくれるし・・・これはもう家庭環境の賜物といっていいと思います。

真っ当な

 赤ちゃん絵本から始まって、お子さんたちの成長を長く見ているからかもしれませんが、その成長に、この時代、この世の中の流れとは違う「真っ当なもの」を感じるのは私のひいき目でしょうか。
 事件を起こしたり、引きこもりや暴力沙汰を起こすおかしくなっている子どもを見るにつけ、その子が自らおかしくなるのではなく、育っていく過程で何かの影響を受けていることはすぐに気が付きますよね。親や周囲が、その子どものことをちゃんと見守ることができないのです。その意味でも、絵本の読みきかせを受け、読書に進んで行った子が周囲と違うのはあたりまえのことだと思います。これは決して絵本屋の手前味噌(自分のしたことを自慢したり、自画自賛すること)ではありません。
 これからは、大きな変化がやってくる時代、想定外のことが起こる世の中・・・その中を「真っ当」に生きていくのは大変です。反れてしまったら、こりゃあもう歯止めなし、やはり「真っ当」に越したことはありません。
 最近、ゆめやのブッククラブで配本を受けたお子さんが成長して結婚。そして子どもが生まれて、また配本を依頼してくるケースも増えてきました。34年もやっていればあたりまえのことかもしれませんが、読みきかせを受けた子が「自分の子に読み聞かせをして育てるのは当然」という、ある「習性」が身についていることがわかります。これも環境のなせる業・・・引き継がれていく家庭の遺伝子ということになりますね。

本を読むということ

 最近の世の中・・・みなさんは、ちょっと危ない方向に行き始めたのを感じていますか? 改憲発議、原発輸出、秘密保持法、武器輸出・・・私たちの生活には直接関係のないようなことですが、科学、経済系の人は、なんとなく「イケイケドンドン」を容認しているような気がするのは私だけでしょうか。反対している人は、人文系の人が多いように思います。もちろん「私は科学系(経済系)だが反対だよ!」という人はいるでしょう。しかし、声が小さいように思います。もちろん、スポーツ系や芸能系などはヤンキー化が激しいので論外ですが・・・。
 「真っ当な」本を読むと言うことは、考える力は出ますし、危険を察知する能力が鋭くなると思うのです。想像力で先が見て取れるとでも言いましょうか。無鉄砲なことがわかるとでも言いましょうか。そんな力が付くように思います。ドンドン複雑化する科学や経済では、もう起こることも複雑怪奇・・・イケイケドンドンのヤンキー精神ではすべてをわかる人がいないので、何か起きたときに誰もコントロールができなくなる可能性も出ています。コンピュータを過信しているところも最近は感じます。科学は「直線的な進歩」を信仰していますから、失敗が起きても誰も責任は取りません。経済など変化そのものですから、当然、経済政策が失敗しても誰も責任は取りません。そんな体質が今の日本に蔓延しているように思います。想像力や責任感は、子どもたちの未来を支える上で、とても重要なものだと思うのですが・・・・。

今年は午年

 では、人文系で「今年」を読んで見ましょうか。危険はあるのかないのか・・・今年は午年、それも甲(きのえ)午(うま)・・・古いシステムに亀裂が起きて新しい動きが出て来るのが「甲」です。でも表面は固くて、それを突き破って出てくるほどの力があるものはまだありません。文字通り「甲(かぶと)=兜」ですから軍事的に防御する動きはありますが、大事は起きないようです。「午」という漢字は、「動物に乗った人」を表わしていますが、下の「十」は下から上に「陰」が突き上げて来る様子です。うーん、と、いうことは直下型大地震?・・・いや「甲」はまだ何も起こさない抑えになっているから、大丈夫でしょう。「忤(逆らう・背く)」という字があるくらいですから、そういう意味で反対運動が起こるとか、なんとか固い殻の「甲」を突き破ろうという社会的な動き? 次の時代をつくる新しい動きがはっきり見えてくるということです。大きな事故や事件はあるでしょうね。どうか巻き込まれないようにお気をつけて・・・子どもだけでなく大人もまた、しっかり考えて、危険を避けたいものです (ニュース一部閲覧)

会員の皆様が佳い年となりますよう

 フレンドシップニュースの表紙写真にあるように、今年もたくさんの年賀状をいただいたのですが、年末に年賀状を出す暇がなく、いつもこの新聞で代用しているのが心苦しいです。で、まあ、左のものが夢新聞用に作った今年の年賀状です。これで年賀の挨拶に代えさせていただきます。なかなかむずかしい世の中になってきたうえ、さらにおかしなことになりはじめていますが、本年もよろしくお願い申し上げます。
 おそらく今後ますます、小学生も中学生も教科やスポーツなどの活動で毎日毎日が忙しくなっていくことと思います。すでにブッククラブでも、お稽古事や受験勉強で読書挫折を起こしているお子さんも出てきています。もう少し、ゆるやかな子ども時代を過ごせないと大人になってから追われる生活が当たり前になってしまい、考えるゆとりもなくなります。
 あらゆる電子機械はコンピュータを内蔵していて、コンピュータの基本機能は「時計」です。これが人間を時間で追いかけるわけです。スマホも洗濯機も電子レンジも人間を時間で追いかけてくるのですから、忙しくなります。手間をかけないという便利さは、それと引き換えに人間の余裕を奪うものでもありますね。最近、一年が速いと思いませんか? 一日があっという間に終わると思いませんか。手間暇をかけなかった分、時間がまたたくまに過ぎ去っていくわけです。今年はゆっくりしませんか。効率より自分の手で時間を掛けてやっていくこと・・・・子どもたちにもその生活を教えたいですね。 

年賀状を読ませていただいて

 届いたたくさんの年賀状を読ませていただいて、「ブッククラブのお子さんたちは、良い家庭に恵まれ、問題ない成長をしているなぁ!」とつくづく思います。メディアで報道されているような異常なこととは無関係な環境で大きくなっている!・・・こういう子が日本全国でどのくらいいるのでしょうか。世の中には豊かな装いで見かけだけの「幸せ」を演出している家庭も多いのでしょうが、じつは、会員のお子さん方のように良い環境で育っている子の方が多いなずなのです。現実には12月号で述べたような、大きな世の中の流れが次第にふつうの家庭生活へも影響を与えているような気もします。やはり、世の中がよくならないと子どもたちの成長も人間としての質も影響を受けてしまうのかもしれませんね。今からの大人は、親は「子どもたちの未来」を保証する義務があるように思います。
 豊かな生活は必要だとは思いますが、お金を求めて生活そのものを犠牲にするようでは豊かな人生ではありませんよね。家を建てる・・・でも、そのローンで朝早くから夜遅くまで、せっかく建てた家で生活できない。子どもは、0歳から保育園、少し大きくなればお稽古事、塾・・・子どもと過ごせる時間が少ない家族が増える限り、とても豊かな生活とはいえないです。
 でも、たくさんの写真年賀状を見て、「ああ、こんな時代でも子どもを大切にしている家庭が多いなぁ」と思わざるを得ません。子どもを大切にするのはあたりまえのことですが、その当たり前が社会の影響でなかなかできないのが庶民というものですからね。この社会・・・ほんとうに子どもの成長や未来を考えて動いているとは思えません。口を開けば「国益」「成長」「景気」・・・「世界一」「強い国」・・・こんなものが子どもの未来を保証することなのでしょうか。

この国は今度こそ変わるー!・・・ん、なわけなかった!

 じつは、昨年のお正月に私には「子どもたちの未来を保証する動きが起こるのではないか」という期待がわずかにありました。いや、その前の年のお正月、震災からまだ一年も経たず、原発のメルトダウンになす術もなくオタオタしていたとき、私は「この国は今度こそ変る!」と思っていたものです。
 津波で二万人も命を落とし、親を失った子、子を失った親、放射能で故郷から追いだされた人々をテレビ画面や新聞で見聞きし、こちら側にいた私たちが感じた「驚き」と「後ろめたさ」。つまり、その痛みが原動力になって、「相手を思いやってまとまる社会へ移っていくんじゃないかな?」…と思ったのでした。けれど、一年後には「まったく逆の方に行っちゃった」と思っている自分がいました。世間はあの惨事をまるっきり忘れたかのようにです。事故の収束宣言が出され、メディアはお笑い番組とスポーツ番組で盛り上がるだけ。スポーツ選手・芸能人はこぞって支援やコンサート・・・一年経ると何も続いていないのです。今では震災のことさえ話題にしません。目立ちたい、売名にはいいチャンスということでしょうが、変わるのではないかという期待は薄れました。
 その結果はどうなったか・・・、原発で安いエネルギーを得て、おどろいたことに海外にも売り込もうという政党が選挙で大勝するのですからね。「フクシマ」が手つかずなのに・・・メディアと政治が不安を煽りあい、お金目当ての人々が原発でも武器でも何でも売って「今儲かれば後はいい!」ということでしょう。これはどう見ても「おかしい」のですが、こういう「一部?の多数決」が、まかり通ることが「子どもたちの未来を保証するものであるかどうか」は、考えなくてもわかることです。
 「忙しい、忙しい」と日々の生活に追い回され、「みんなで勝ち馬に乗っておけばとりあえず行ける」という心理だけが広がっているように思います。「おかしい?」と思う人が多くても一部の勝手な決定がどんどん通っていくのは、やはり、われわれが主張をしないからでしょうね。ある本に「政治は、その国民のレベルに応じた程度のものしか行われない」とありますが、その通りだと思います。

年の初めのお勉強

 まずピッタリ六十年前のことです。みなさんは当然生まれていませんが、私、生まれてました。もう新聞も読める歳でした。新聞に「自衛隊ができた」「新しい武器の開発が始まった」とありました。私は父に「じゃあ、またゼロ戦みたいな飛行機や戦艦大和みたいな船ができるの?」と聞きました。すると父は苦々しい顔をして、「まったく十年もしないうちに再軍備とはな。あの戦争を忘れろと言うことだ。」と答えました。
 我が家は甲府空襲で丸焼け・・・そのころでも住んでいた家はバラック(小屋程度のものを建てて住み着くこと)で、贅沢な暮らしはまったくできませんでした。父としては、自分が苦労してつくったものが国家によって壊されたという思いの方が強かったのでしょう。そのころから、父や祖母は戦争の話をたくさんしてくれましたが、とにかくひどい話ばかりでした。死体の山とか空襲の状態などは何度も聞く話の中で増幅して大きな記憶になっています。
次はピッタリ三十年前のことです。みなさんの多くは生まれたばかりか子どものころのことでしょう。原発推進の立役者だった中曽根首相が日本を「不沈空母」にするために防衛費を大幅に計上しました。そうそう、首相初の靖国神社公式参拝もやって批判を受けていました。「経済成長」でGNP(当時はGDPでなく)を上げる政治を行い、やがてそれはバブルにつながっていきます。私は妻に「世の中は飲めや歌えやでうるさくなっただけ。大人も子どもも漫画とゲームばかり。これじゃ、物事を考えない国になるな」と言うと、妻は「ずっと貧しかったからみんな楽しいこととお金に飛びつくんじゃない?」と言いました。
 もちろん、戦後このかた私の家も妻の家も裕福とはいえなかったのですが、バブルの時期も小さな絵本屋では儲かるわけがなく、周辺の家はみな飲食店にテナントとして貸し、それこそ真夜中まで大騒ぎの町になっていました。宴会や飲み会には会社員ばかりではなくお役人や学校の先生も多くいました。そしてバブル崩壊・・・いま、その町は閑古鳥が鳴き、シャッター通りと化しています。
 さて、そのピッタリ三十年後、これは現在ですから、みなさん、みんな見聞きしていることばかり。スノーデン氏が暴露した国家機密に慌てた国の指導で機密保護法の制定。多くの国民が関心を持っているのにNHKの九時のニューストップは島倉千代子の葬式でした。今日だってトップニュースはイタリアサッカーに移籍した本田の話題・・・目をそらせようという企てがみえみえです。話題はオリンピック。フクシマ原発の報道など何一つありません。すべて完璧に「under the control」なんでしょうか!
 首都直下地震が30年以内に75%の確率だというのに下町でオリンピック!? 経済成長で国債を返すと言うけれど公共事業では借金を増やすばかりで、この60年間減ったことはない。去年一年間に百兆円のお金を刷っての大盤振る舞いでまたバブルの兆しも出ていますよねぇ。
 世の中では、「なーんだ。放射能なんて全然怖くないじゃん。」「被災地も復興をしているようだし。」「AKBってかわいいよね。」「ゆるキャラ、かわいい! 景気が盛り上がる!」・・・そんな世の中そのものがアニメや漫画の世界のようです。何も深く見ない子どもじみた盛り上がりの世界。株だって国債だって上がるだけではなく暴落もありえる不確実なもの・・・六十年前、三十年前をまた三十年後が繰り返すのが、この国なんでしょうか。成人式の奇妙なアニメコスプレの男女を見ていると「こりゃダメかな」と思うのは私だけではないかもしれません。でもねえ、原発を輸出しても武器を輸出してもシッペ返しは来るわけで、輸出した原発が爆発すれば損害賠償は? 武器でたくさん人が死んでも損害賠償は?・・・誰も責任は取らないでしょう。これで子どもたちの未来が保証されることなどありえないのに、こういうことを考える人は「愛する子ども」がいないのでしょうか。バブルが子ども世代を考えずにデタラメをしたように・・・。
 私は、心配しすぎなのでしょうか。紅白歌合戦のようなバカ騒ぎがずっと続けば平和なのですが・・・・バブルと同じで崩壊は必ず来ます。いつまでも繁栄世の中そうはいかないことが歴史のお勉強でわかります。

午年 アンダー・ザ・コントロール

 さて、ここで新年の歴史のお勉強は終わりですが、今年は午年。馬は調教さえきちんとすればすばらしい乗り物です。でも古来、軍事や権力の象徴でもありました。「スーホの白い馬」・・・まさに権力によって引き裂かれた悲劇でしたね。馬は怖いのです。競馬も競うだけ。観ている方はお金儲けの気持ちだけ。私の妻は午年ですが、怖いです。ま、無謀なことはしない農耕馬のようなものですが、怒らせると怖い。
 それにね。不思議なのは、三十年前の中曽根康弘さん、午年なんです。御年96歳。論語では寿命は70歳までですから年齢を区切る悟りの表現はありません。でも96歳は行き過ぎの妖怪で何をかいわんやですが・・・安倍晋三さん、これまた午年なんですね。御年60歳。論語では「耳順(じじゅん)」の年。「六十歳にして耳従う」と言われてきた有名な言葉です。「人の言うことを逆らわず素直に聴けるようになる」年齢です。孫も何人ができて、おだやかに周囲を見守るようになる年齢。国民の大多数が反対している原発再稼働、秘密保持法、靖国問題・憲法改正・・・さあ、「子どもたちの未来の保証」になるかならないか・・・あの馬が耳を開いて国民の声を聴くかどうか・・・シビリアンコントロールの効いた馬なのか、戦う軍馬・暴れ馬なのか、それとも王さまの耳はロバの耳なnoka・・・いずれにしても、われわれがunder the controlの馬にしなくてはなりません。



(2014年1月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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