ブロッター

ブログとツイッターを混ぜて、さらに異論、反論、オブジェクションで固めたものです。で、ブロッターというわけです。毎日書く暇も能力もないので、不定期のコメントです。

2026/夏 comment
ブロッター1  まあ、舞台は首都東京だ。時間割は江戸末期から維新になり、やがて太平洋戦争へ、それからこの国を衰退に導く社会現象・サリン事件からフクシマ第1原発爆発までが語られるが、不思議なのは登場人物がキャラが薄い。それはあたりまえだ、登場人物は「東京」そのものだからである。無責任都市トーキョーに暗躍した謎の男たち! それも近代都市・東京が生み出したただの端役である。
 奥泉光氏独特の長舌のまさに「超絶」話芸で読ませてしまう魅力の背後には何があるか。思うに、じつは東京は背後に怨霊(悪霊)のようなものがいて、動かしてきたのではないかという、と、いうより東京という都市が異様な都としての存在感を見せるのである。なんとなく怖い読後感まで残る。一気読み必至の待望の長編小説。世の中、なるようにしかなりません! !という読後感が残る。
 なるほど、東京はいまだに遷都令がでていない真っ当な都ではない。そして、未曽有の悲劇の歴史を紡いできた都市でもある。この悲劇がまた繰り返されるのか、どこかで終わるのか、話に登場する悪人たちの生き方からは感じられない。なるほど考えれば、東京は三大怨霊である平将門がいる都。神田明神に祈りを捧げないとますます没落していくかもしれないなぁ。
ブロッター2  これはすざまじい本だった。作者・梯久美子が物書きの女性作家たちにインタビューするものだったが、その物書きの女性たちがタダモノでない。
 いきなり2.26で父・渡辺錠太郎が射殺される場面を見ていた幼い娘和子の思いを尋ねる章から始まる。長じてシスターになっていく過程でも完璧な修道女の心が持てない感情が描き出される。次はその渡辺の部下で2・26を主導した男の娘・斉藤史・・・まったく対照的な人生を歩む二人のなんとも言えない運命的な生き方が取材され、その後は鉄のような強さで生きた茨木のり子、石垣りんの孤独を孤独と思わない生き方。こうした父との関係から浮き彫りされたケースが次々にだ。
 もちろん、強さばかりではない。父の愛情を無視して生き方が荒唐無稽な島尾敏雄と結婚してしまったミホの辛い人生、同じく放蕩無頼の父を見ながら生きる萩原朔太郎の娘・萩原葉子、角川源義の娘でありながら別の道を行く辺見じゅん、極めつけは水俣病の石牟礼道子だ。貧しく苦しい生活の中で自分自身の考えで生きた父を模範に生きる娘の生きかた。それらが、本人への質問と答えの中から浮かび出てくる。
 すべてが「書く女」・・・昭和には、こういう強い女性がいたということを教えられるが、さて、いま、こんな女性はどこにいるのかとも思う。
ブロッター3  日ごろ、お寺、お墓と縁がない子どもにとって仏様、菩薩様などはもっと縁がない(時代になってしまった)。そこにこの本・・・仏様たちが走る、飛ぶ運動会・・・度肝を抜かれるのは大人たちだ。
 子どもは「そういうもんだ!」と楽しむ。自分たちの運動会に、こうした荒唐無稽な選手が登場したらどんなに楽しいことだろう。
 むろん、お説教臭い言葉はまったくない。ただただ、ありえない存在が、ありえるばかりの運動会で活躍するというわけだ。これが面白くなくてなんだろう。読んでやる親もどこかで度肝を抜かれているわけで、そこがおもしろさを倍増する。
 最初に子どもに見せてみるがいい。すこしも違和感を感じないで楽しむことだろう。つまり4,5歳の子にとって、仏様たちの運動会などあってしかるべきもので、おおきな大仏がどのくらい早く走れるか、観音様がどのくらい足が速いか、多手多足の阿修羅さまが勝つか負けるかが興味の対象となるからであろう。大人も、もう少し常識で見たり考えたりするのをやめて、楽しいものは楽しみ、かなしいものものは悲しむことが必要だ。
   

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