ブッククラブニュース
令和8年
8月号(発達年齢ブッククラブ)

2026年8月、9月の予定

定休日は日曜、月曜、祭日です。
夏季の営業時間は
★午前10時30分〜午後6時30分(夏時間)です。
7月は海の日の7/20が休業日ですがもともと定休日
8月14、15日がお盆休み。12,15日は営業。
9月20〜23日が臨時休業です。
 受け取りの方で時間外に来た方は電話かピンポンで呼び出してください
 休日も事前にお電話をいただけば店を開けます。
 ゆめやは零細商店ですので「昭和」の感覚でお出かけください。
 休業日でもたいてい在店していますので、ご遠慮なく。
 電話番号は、ニュースの表面に書いてあります。また事前にメールをくださればできる限り、ご指定の時間に対応できます。メールは新聞の表面にあります。買いものに出かけているときもありますが・・・そのときはごめんなさい。

残暑お見舞い申し上げます

 ゆめやのある甲府の梅雨明けは7月20日。その日の気温39度。外に出たとたん下着がびっしょりになりました。命に危険な気温。これまでの豊かさのツケがこういう形で起きているのだと思います。熱中死や事故も増えています。お出かけの際にはどうかお気を付けください。政治が悪くなっているので、事件事故が頻繁です。おかしな考えや行動の人が増えています。なにより安全第一、お子さんにも気をつかってください。
 ゆめやのある甲府は夏、ほとんど雨が降らず、強い日差しばかりが照り付ける盆地特有の夏なんです。だから外に出ません。夜になるまで。買い物は夜だけ。これだけ暑いと高齢者や幼児には大変です。周りにそういう方々がいたら気を付けてくださいね。20世紀後半の暑さとはまったく違います。

残念な訃報

 そういえば、ここ2,3年で有名な絵本作家の方々がお亡くなりになっています。
 ・・・竹下文子さん、せなけいこさん、さとうわこきさん、和歌山静子さん、いわむらかずおさん・・・ブッククラブで選書している作品の作家さんが多く亡くなっています。過日、選書数のかなり多い林明子さんもお亡くなりになりました。人気のある方なのでまったく残念です。「はじめてのおつかい」「あさえとちいさいいもうと」「こんとあき」「はじめてのキャンプ」「ぼくはあるいたまっすぐまっすぐ」・・・・かなり数を選書をしてますから2冊か3冊はどの会員にも入っていると思います。
 ゆめやのある甲府の近くの諏訪にお住まいだったので一度はお会いしたい方でした。心残りです。

はじまりの一冊

 林明子さんの絵本と最初に出会ったのは「あさえとちいさいいもうと」でした。文は、筒井頼子さん。
 なぜかというと私が絵本屋を始めた年は、長女が生まれる予定で、その翌年は次女が生まれました。このときに目に触れたのが「あさえとちいさいいもうと」だったのです。
 ・・・迷子になった妹を必死の思いで探す姉のけなげさが心を打ちました。「これは広めねば・・・」と思ったものです。ですから、この本は思い出深い本で、すぐに長女が生まれたので文を書いている筒井さんに手紙を出してお願いしてお名前をいただきました。
 「あさえとちいさいいもうと」は、女子の姉妹の方にしか配本しないものですが、それから46年。ずっと「はじめてのおつかい」や「おでかけのまえに」と同じように配本しています。もちろん「ぼくはあるいたまっすぐまっすぐ」や「ぼくのぱんわたしのぱん」も林さんのすてきな絵本、林さんの本はかなりの数、選書して配本しています。

ところがですね

 その後、いつだったか、この本の批判が高まったことがありました。児童書の研究家や作家の一部ですが、例えば「はじめてのおつかい」への批判で「今の時代に幼児一人でおつかいに行かせる状況は現実的でない」「危険ではないか」という声が出たのです。「あさえとちいさいいもうと」では、母親が留守の間に幼い姉妹だけで外にいる場面があるので、「親の目が届かない状況が多いと感じる」というものでした。
 でも、悪くなった社会の方に批判が向かず、子どもが一人で行動する、大人にかまわず気持ちを表現する方に批判が向いていました。それで起こる事件の方が問題にされるほうが「問題」なのです。だから「そういう世の中にならないように!」という意見が少しも出てこない。
 これは日本人の悪い癖です。世の中を良くするより、悪い世の中はそのままにして「危険だけ避けよう」という発想。これはだめですね。これは戦争に反対せず、生き残る方法ばかり考える根性を大切にする考えと同じ。だから悪い政治家が大手を振るのです。
 ・・・そこでカチンと来て、平凡社の別冊「太陽」の湯浅編集長にお願いして、反論を書かせてもらいました。(次にそのページを掲げてあります)。「けなげさが大切じゃないか!」 「子どもらしさ・必死さは評価しないのか!」というものでした。
 こういう思い出がある絵本を描いてくださった林さんや筒井さんには、心からお礼を言いたいです。なにごとにも心を込めて、生活する、子育てをする、子どもにも周囲の人にも思いをかける・・・いまや、お金儲けのために、心が失われてしまった国です。なんとか家族や周囲だけでも大切にして世の中をよくしたいではありませんか。

別冊「太陽」でのゆめやの反論

 上に書いた筒井頼子さん、林明子さんの本について、異論が続出したときのゆめやの別冊「太陽」での反論です。いろいろな意見はあるでしょうが・・・。
 あさえとちいさいいもうと 筒井頼子・作 林明子・絵
 ある評論家は。この本を「最悪」と決めつけた。またある絵本作家は「気持ちが悪い!」と評した。この酷評の背後には「個を最優先」し、「血縁」「家族」をうとましく思う現代的な感情があるような気がする。
 しかし、あえて言いたいのは「人間、だれしも人に思い入れというものがある」ということだ。この本に描かれた心情は、健気さ! 必死さ! 子どもらしさ!である。こうあってほしいのが親心というものではないか。
 「個の自由」「個の表現」という近代の理想で育てたところで、親殺し、子殺しが横行する世の中になったんじゃ個の尊重も絵に描いた餅か空念仏。
 泥臭くても姉が妹を思い、親が子を思い、夫が妻を思い、そして少しばかり他人も思う。それで世の中が丸くおさまることもある。丸くおさまる帰結が「大団円」というもので、これで親も子も一安心。
 高名な評論家、絵本作家の「個の自由、個の大切さ」を主張しても、まずは親子、兄弟姉妹のつながりが必要だと思いますよ。(後述)・・・と書いたのですが、現代にはふさわしくない考えだったでしょうかね。

②1歳半〜の読み聞かせ

 読み聞かせを毎日一度、たとえ十数分でも続けて来れば、どんな子でも一歳半になれば本の中の世界に入り込めます。なにより、その十数分の積み重ねが読み手と聞き手のつながりをつくるのです。
 最近はスマホのyoutubeで読み聞かせる親も出てきていますが、それではつながりが生まれません。動画の刺激だけがおもしろいというビジュアル人間にしかならないでしょう。
 親と子がいっしょに楽しめる体験が子どもの心の成長を大きくするという訳です。写真は会員のお母さんが「しろくまちゃんのほっとけーき」を読んで、実際に二人で楽しむ様子を送ってくれたものですが、なかなか楽しそうに絵本体験をしてますね。こういう体験が目に見えないつながりになっていくのですから絵本の読み聞かせはバカにならないのです。どうか毎日、わずかな時間でも読んであげてください。5年もすれば大きな「つながり」と読書への基礎がまちがいなく生まれますから・・・・

絵本作家さんたちの考え③ 松岡享子さん

 いわずと知れた児童書の世界の大御所・故・松岡享子さん。東京子ども図書館を創設して子どもの本を広めてきた方です。何度かお会いしましたが、←この写真は、ゆめや訪問のときのものです。どういうわけか絵本を作る方々は犬より猫が好きで、このときも我が家のミイちゃんを抱きっきりでした。
 やさしいしゃべり方をされる方でしたが、子どもの本についてはものすごい見識の持ち主。いくつか質問して、ご意見をいただきました。基本は「質の高い良い本を与えることが一番。長く生き残ってきた本(いわゆる名作)が子どもの心に沁み込んで、やがて人格の一部になっていく」ということでした。でも、これを現実に実行するのはとても難しいのです。
 まず、良い本を選ぶのがむずかしい、その良い本も十数年経つと時代遅れ感が出る。なんでもいいから量的にガンガン与えれば逆効果も起こる・・・その意味で長く生き残ってきた本が子どもの正常な成長に必要なことはわかります。
 私は「いま市場で、しようもないキャラ本があふれてます。この影響は大きいですが、どうしたら?」と尋ねました。すると「それは、もう親や周囲の大人の問題ですね。すぐれた物語、絵本がわかるかわからないかの問題ですから、私たちは、いい本を与え続けるよりないと思いますよ。」というお言葉を賜りました。いつの時代もこの問題はありますが、がんばるよりないというのが現実です。

妖怪の多い国

 「ばけばけ」で有名になったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「怪談」を今年から選書採用した。ご承知のように、ここにはいくつも妖怪の話が出てくる。ただ「妖怪」といっても日本ではアメリカ映画に出てくる気持ちの悪い悪魔の化身や醜いモンスターのようなものではない。意外にひょうきんな形をしていて、あまりこわくない。やること、なすこと単純明快な、ある意味かわいらしい連中でもある。
 例えば、夜中に川で小豆(あずき)を洗う妖怪がいる。小豆をザルに入れて水でザラザラ洗っているだけだが、音しか聞こえない。見えないからこわくない。そんな目に見えない妖怪にも「小豆洗い」という名がある。
 こういう妖怪は日本には山ほどいる。6月号で出した「ゲゲゲの鬼太郎」の写真ではゆめやじじいが最も怖いが、一反木綿(いったんもめん)、猫むすめ、ねずみ男など怖いどころかかわいらしい。目玉のおやじ、砂かけばばあ・子泣きじじいなどは、わらってしまうほどだ。

いつの時代も妖怪はいる

 こういう妖怪の歴史は現代まで続き、「となりのトトロ」のトトロも妖怪。かわいい妖怪だけどね。一時代前に「妖怪ウオッチ」という遊びが流行ったが、どれも怖いというよりかわいらしいキャラばかりである。
 ハーンの「怪談」も、出てくる妖怪は「のっぺらぼう」。顔がないのだから、さほど怖くない。「雪女」もゲテモノ・モンスターではない。どちらかといえば美女。
 「耳なし芳一」はお経を書きそこなった耳を妖怪にちぎられる話だが、怖さより、芳一の気配りのなさが笑える。なんだかんだ言っても日本の妖怪話は怖くない。それは、日本人の感性が「そういうものともうまくやっていく」生活意識を持ったからではないかと思う。
 前回述べた長谷川摂子さんと話したとき、おもしろいことを聴いた。怪談やお化け話は、強い力で征伐された人々から生まれ出たもので、出雲(怪談)や鳥取(水木しげるの南画)などは、その昔、アマテラスの征伐で全滅に近い状態になり、その悲しみからいろいろな話が生まれたきたという。アマテラスは女性なのに出雲の国をぶんどりに行き、絶滅戦争までやったわけだ。これは怖いね、戦争好きの女は。妖怪以上の怖さ・残虐さがある!
 でも、出雲の人々は、その後も生き延びなくてはならないので悲しい話を生み出して、それを糧(かて)にして語り継いできたということだと思う。
 そういえば東北も、しいたげられた歴史がある。農家に入ったらご飯の用意ができていて、味噌汁は湯気が立ち、煮ものが温かいのに、その家にはだれもいない。「座敷童子(ざしきわらし)」の話は、貧困や悲劇に遭って困っている家を助けてくれる小さな妖怪である。雨降り小僧(青森)、あまのじゃく(岩手)、ぬらりひょん(秋田の妖怪だが、ナマハゲよりコミカル。でも、ナマハゲ(子どものしつけ役でもある)など、親しみのあるキャラクターだ。多くが怖い妖怪ではない。

やはり残酷・残虐なことをしちゃいけない

 だが、江戸時代の幽霊は怖いものが多い。ひどいことをされて死んだ(女が多い)人が化けて出るもの、牡丹灯籠(ぼたんどうろう)、番町皿屋敷、四谷怪談・・・・どれも主人や男にひどいことをされて死んだ女性の亡霊である。怖さがハンパではない。だました男、殺した人に祟る怖い霊ばかりだ。
 現代でも、凄惨な事件が起こる。この国をつぶそうとする大きな波の中で悲惨な事件も起こる。被害者が、いつか、みんな怖い妖怪になって話に登場してきそうだが、アメリカのホラーのような汚くて醜い幽霊はいやだよね。妖怪を出現させない最上の方法は、人が倫理観を持ち、人の道から外れたことをしないことである。ところが、日々、ニュースを見ていると残虐なことをして人を死に至らしめる事件が山のよう起こっている。こういう死者の霊は見るも恐ろしい化け物になることだろう。そういうものを出現させないためにも残酷・残忍・残虐なことはしないで、助け合えば恐ろしい化け物は出てこないだろう。
 日本では妖怪は悲劇から生まれたが、現代の生活の中で生きている妖怪はまだ憎めない「ばけばけ」が多いようだ。(ニュース一部閲覧)

熊本地震Second

 中央構造線の南の端で大きな地震が発生しました。大地震というよりもう震災なみの地殻変動です。もう2度目。十年前も起きました。熊本はかつては会員が多かった地域です。なぜなら、熊本には熊本果実連という飲料をつくる企業があり、山梨県の水を使っていたため社員の方がたくさん甲斐市の社宅に来ていて、かなりの数の会員になってくれていました。多くは十年前に戻られたのですが、あの熊本城が崩壊するような大地震が起きました。車中泊が頻繁に行われ、具合が悪くなった方もいたので、何人かとおたよりを交わしていましたがひどいものでした。それがまた、たった十年で! あわててまたメールやお便りをさしあげたのですが7月末現在、返事が戻ってきません。けがをしたりしている方がいなければいいのですが。それにしても、また被災者が出ているわけですが3・11のとき、能登地震のときと同じように体育館で雑魚寝(ざこね)状態はもう何十年も同じパターンです。
 温泉施設や宿泊施設はあるのですから一定期間借り上げて家族で寝泊まりできる方法がとれないのでしょうか。もう40年も地震・台風被害者は、このような学校の体育館で段ボールや敷物の上で雑魚寝、家族のプライバシーも個人のプライバシーもないのです。

外国では・・・・

 外国では家族・個人のプライバシーがかなり守られた避難所が設けられます。
 左の写真は韓国の被災者収容所ですが、個別のテント状のもので各家族が仕切られて収容されます。これは台湾でも同じです。
 この写真が韓国の避難所です。なぜ、この国はいつまでも体育館で雑魚寝なのか。ミサイルを買い、アメリカの戦闘機を買うお金があれば、戦争よりはるかに頻繁にある災害に対してお金を使ったほうがいいと思いますよ。自衛隊も防災機器の優秀な装備で地震や津波、噴火や洪水から国民を守り、外国で災害があれば飛んでいく・・・・ずっとその方が、人に喜ばれて、評価が高くなるのにね。

暑い夏には内容が熱い厚い本を 低学年

 意図的に夏休みには厚い本(内容が長くテーマが深い)を入れている。小1では「あらしのよるに」のシリーズだ。男女とも入っている。7巻まである。配本は2巻しかないが、次々に面白い魅力がある作品だ。ぜひ全巻読んでほしい。
 2年生は「くもとり山のイノシシびょういん」(男子)、「ジェインのもうふ」(女子)が入ります。名作です。ジェインは古典的名作。読んでほしいなと思います。
 3年生は、ちょっと軽めのものですが「ムジナ探偵局」富安さんの探偵ものは後をひくおもしろさがあります。まあ、長編の本へ入るための準備本のようなものかもしれません。

中学年から高学年は

 4年男子は名作・大どろぼうホッペンプロッツです。おもしろかったら二巻目、三巻目もどうぞ。
 5年生には、はじめて「小泉八雲の怪談」を入れました。日本人なら知っておかねばならぬ怪談話です。流行りのアメリカのホラー映画のようなどぎつさはないのですが、日本の文化の言葉が多用された怪談物です。「耳なし芳一」や「むじな」の話すら知らない若者が増えているそうです。そういうお兄さん・お姉さんに「琵琶って楽器があってね。それが使われている話で、平家物語と深い関係がある話なんだよ。」と言えば、お兄さん、おねえさんがビックリすることだろう。
 本を読んで中の「おもしろい事実」を上級生や大人に語って相手をびっくりさせるのも面白い。いまや中高校生から大学生、若者を含めて大人がまともな本を読んで育ってない。だからこそ「自慢」するために(笑)、そういうことを彼らに教えてやろうじゃないか。

古典的名作を入れました。

 6年生には、ゆめやの配本で小学生では初めて入る芥川龍之介の名作「杜子春」が男女ともに入ります。この話は、お金を人生の目的にすると、悲惨な生活になるというのがテーマなのですが、いまや、この国がそういう国になってしまっています。
 おそらく、親たちも考えや価値観の上位に「お金」を得ることがトップになっているんじゃないでしょうか。じつは、学校もいい成績を取ることの意味は、安定した職業でお金を得ることが目的になっているんじゃないかとまでうたがいたくなります。これが世界的規模になれば「分捕りあい」つまり「戦争」なんです。
 儲かれば人を殺す道具でも他国に売って儲けようという女親分まで出てきましたからね。きっと、若いころ、こういう本を読まなかったのでしょう(笑)。だからがんばって読んでね。(新聞一部閲覧)



(2026年8月号ニュース・新聞本文一部閲覧)

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